2026年8月17日、月曜日。アッシュ書店、盆休み明けの初日です。8月11日から16日まで夏季休業をいただいておりましたので、今日がおよそ一週間ぶりの営業ということになります。

朝、呉の事務所のシャッターを開けて空を見上げると、どんよりとした曇り空。ただ、この日の天気はそこから一日ずっと妙な調子でした。曇っていたかと思うとぱらぱらと雨が落ちてきて、しばらくすると今度は急に晴れる。そしてまた曇る。——変な天気だな、と何度も思いました。8月の広島らしい、湿気だけはしっかり残っている一日でした。

本日の買取は広島市西区。ご依頼の内容は蔵書整理です。呉から西区へ向かうときは、市内をどう抜けるかで所要時間がだいぶ変わってきます。西区はJR横川駅・商工センター方面を擁するエリアで、廿日市市方面へ抜けるときの通り道にもなる場所。当店にとっては、これまでも明治書院『新釈漢文大系』全120巻をお譲りいただいたり、草津浜の集会所で広島県古書籍商組合の市会に出席したりと、何度も足を運んでいる馴染みのあるエリアです。

この記事でわかること
・2026年8月17日、夏季休業明け初日の広島市西区での蔵書整理の出張買取の記録
・曇り・雨・晴れが入れ替わる「変な天気」の日の、積み込みの段取りの考え方
・2階の踊り場に平積みされていた蔵書を、階段で運び下ろすということ
・新潮社『新訂 小林秀雄全集』全15冊——第一巻『様々なる意匠』から別巻Ⅱ『批評への道』まで
・小林秀雄関連書16点の並び——『本居宣長』『感想』『考えるヒント』『無私の精神』ほか
・雑誌の表紙に手書きされていた一行——それが野々上慶一のコラム名だったこと
・「カラミ道場」の意味——河上徹太郎・青山二郎・中原中也・大岡昇平・中村光夫らとの酒席での口舌の真剣勝負
・文圃堂の野々上慶一が昭和八年に小林秀雄の知遇を得たところから始まる、当事者の証言
・白洲正子15点——『かくれ里』『道』『西国巡礼』『西行』『いまなぜ青山二郎なのか』ほか
・小林秀雄・白洲正子・青山二郎——ひとつの交友圏がまるごと残されていた蔵書だったということ
・木本誠二『謡曲ゆかりの古蹟大成』(中山書店)全5冊揃いと、能・謡曲へ伸びるもう一本の線
・オリコン8箱の内訳と、階段を使った搬出の実際

夏季休業のあと——「休み明けでもよろしいですか」というお電話

今回のご依頼は、夏季休業に入る前にお電話をいただいていたものでした。当店は8月11日から16日までを夏季休業とさせていただいており、その旨をホームページのお知らせでもご案内していたのですが、お電話の際に「お休み明けでもかまいませんので」とおっしゃっていただきました。

こうしたお声は、古書店をやっていて本当にありがたく感じる瞬間です。整理をしようと決めたタイミングというのは、お客様のほうにも事情があって決まるもので、こちらの休業に合わせて待っていただくのは本来なら申し訳ないことです。「急がないから、休み明けに」——そう言っていただけたおかげで、休業中も気持ちよく休ませていただくことができました。

そして休み明けの初日、最初にお伺いするお宅がこのお宅になりました。一週間分の鈍った体を、いきなり階段の上げ下ろしで叩き起こすことになるとは、この時点ではまだ思っていませんでした。

降ったり、急に晴れたり——変な天気の西区へ

呉の事務所を出て、広島市方面へハイエースを走らせます。フロントガラスに時折ぱらつく雨。ワイパーを動かすほどでもない、けれど何もしないと視界が滲む、という中途半端な降り方です。しばらく走ると雲の切れ目から急に日が差して、路面から湯気のような照り返しが立つ。——本を運ぶ仕事にとって、この天気はいちばん気を使う種類のものです。

古本屋にとって、雨は敵です。
ただし、「いつ降るかわからない雨」のほうが、もっと厄介です。

本降りであれば、割り切ってやり方を変えられます。荷室のドアを開ける時間を短くする、ブルーシートで覆う、玄関のなかで箱詰めまで終わらせてから運び出す——手はいくらでもあります。ところが今日のように降ったりやんだりだと、その判断が難しい。今のうちに運んでしまうか、それとももう少し待つか、を作業中ずっと考え続けることになります。

本という商品は、濡れたら元に戻らないもののひとつです。汚れは拭けても、水を吸って波打った紙は、乾かしても二度と平らになりません。函入りの本であれば、函が湿気を吸うだけでもシミの原因になります。だから雨の日の作業は、いつも段取りが半分、勘が半分です。

目的地に到着した頃、空はまた曇り。降ってはいませんでした。よし、と思いながら車を停めました。

2階の踊り場に平積み——「上に置いてあるんです」

ご挨拶をさせていただき、さっそく本を見せていただきます。「上に置いてあるんです」——案内していただいたのは2階でした。

階段を上がっていくと、2階の踊り場に、本が平積みされていました。書棚から抜き出して、あらかじめ踊り場に積んでおいてくださったかたちです。しかもその積み方が、ただ重ねたのではなくある程度まとまりごとに分けて積まれていました。

この「まとまりごと」というのが、後になって意味を持ってきます。積まれた山を上から眺めていくと、ひとつの山は全集、ひとつの山は同じ著者の単行本、また別の山は別の著者——という具合に、蔵主様のなかでの分類がそのまま床の上に再現されているのです。

お譲りいただく本を先に選んでまとめておいてくださっているというのは、こちらにとって本当に助かることです。査定の順序が立てやすく、そして何より「この蔵書がどう集められてきたか」が、積み方から伝わってくる。書棚に差してある状態だと背表紙しか見えませんが、平積みだと、まとまりの単位そのものが見えます。

ただし、ひとつだけ課題がありました。——ここは2階だということ。そして外は、いつ降り出すかわからないということです。

新潮社『新訂 小林秀雄全集』全15冊——第一巻から別巻Ⅱまで

新潮社『新訂 小林秀雄全集』全15冊を段ボール箱に立てて並べた状態。第一巻『様々なる意匠』から第十三巻『本居宣長』、別巻Ⅰ『人間の建設』、別巻Ⅱ『批評への道』までの背表紙が並び、帯には「大著『本居宣長』に到る五十年の思索のあと」と記されている
新潮社『新訂 小林秀雄全集』全15冊。第一巻から第十三巻、そして別巻Ⅰ・Ⅱまでの完全揃い。帯の「大著『本居宣長』に到る五十年の思索のあと」という一文が、この全集の性格をそのまま言い表しています

まず目に入ったのが、この一山でした。新潮社『新訂 小林秀雄全集』——箱に立てて並べ直してみると、全15冊が揃っていました

背表紙を順に追っていくと、この全集がどういう設計で編まれているかがよく見えてきます。

  • 第一巻『様々なる意匠』——1929年、改造社の懸賞評論で二席となった、批評家・小林秀雄の出発点となる文章を含む巻
  • 第二巻『ランボオ・X』——アルチュール・ランボオへの傾倒。小林秀雄の批評はフランス象徴詩の翻訳から始まっています
  • 第三巻『私小説論』——日本近代文学の宿命的な形式としての私小説を、社会化された「私」という視点から論じた巻
  • 第四巻『作家の顔』
  • 第五巻・第六巻『ドストエフスキー』——二巻を費やしての『罪と罰』『白痴』『カラマアゾフの兄弟』論
  • 第七巻『歴史と文學』
  • 第八巻『無常といふこと』——『平家物語』『実朝』など、戦中に書かれた古典論を収める巻
  • 第九巻『私の人生観』
  • 第十巻『ゴッホ』——『ゴッホの手紙』。複製画の前で受けた衝撃から始まる、あの有名な文章です
  • 第十一巻『近代絵画』——ボードレールからピカソまで、絵画をめぐる長篇評論
  • 第十二巻『考えるヒント』
  • 第十三巻『本居宣長』——11年半の連載を経て完成した、晩年の大著
  • 別巻Ⅰ『人間の建設』——数学者・岡潔との対談
  • 別巻Ⅱ『批評への道』

帯には、こう記されていました。

大著『本居宣長』に到る五十年の思索のあと

——うまい言い方だと思います。この全集は、単に小林秀雄の文章を年代順に並べたものではありません。『様々なる意匠』から『本居宣長』へという一本の線が、巻の並びそのものになっているのです。ランボオから始まり、私小説を論じ、ドストエフスキーに沈み、古典に向かい、絵画を語り、最後に本居宣長にたどり着く。第一巻から第十三巻までを順に読むという行為が、そのまま五十年の思索をたどることになる——そういう編み方をされた全集です。

そして別巻Ⅱが『批評への道』という題であることに、あらためて感心しました。全集の最後に置かれているのが「批評への道」なのです。十三巻をかけて批評をやりきったあとで、もう一度「道」に戻る。編集した側の見識が、この一冊の位置に表れています。

『本居宣長』と『感想』——関連書16点の並び方

小林秀雄に関する書籍16点を段ボール箱に立てて並べた状態。吉田熈生編『小林秀雄必携』(學燈社)、『小林秀雄 百年のヒント』(新潮 四月臨時増刊)、高見澤潤子『兄 小林秀雄』、郡司勝義『小林秀雄の思ひ出』、『無私の精神』、『考えるヒント』、『感想』、函入りの『本居宣長』などの背表紙が並んでいる
小林秀雄関連書16点。ご本人の著作と、ご本人を論じた本・回想した本が混在しています。右端の函入りが『本居宣長』(新潮社・日本文学大賞受賞)、その左隣が『感想』(新潮社・生前最後の随想録)

全集の山の隣にあったのが、この一山です。小林秀雄に関する本が、16点。並べ直してみると、これが実によくできた並びでした。

まず、ご本人の著作が入っています。

  • 『本居宣長』(新潮社・函入り/日本文学大賞受賞)——全集第十三巻にも収められているものを、単行本でも持っておられた
  • 『感想』(新潮社)——帯に「昭和五十四年四月十一日上梓 生前最後の随想録」と記された一冊
  • 『考えるヒント』(文藝春秋)
  • 『無私の精神』(文藝春秋)——「代表作を網羅した一巻選集」と帯にあります
  • 『信ずることと知ること』
  • 『現代の随想5 小林秀雄集』(彌生書房)
  • 『旧友交歓 小林秀雄対談集』(求龍堂)

ここで、ひとつ気づいたことがあります。『本居宣長』と『考えるヒント』は、全集にも入っているのです。にもかかわらず、単行本でも手元に置いておられた。——これは「読むための本」を別に持っておられたということではないかと思いました。全集は書棚に立てておく本で、単行本は手に取って開く本。同じ文章を二重に持つのは、蔵書としては無駄なようでいて、読む人にとってはまったく無駄ではありません。

そして、小林秀雄を論じた本・回想した本がずらりと続きます。

  • 吉田熈生編『小林秀雄必携』(學燈社)
  • 高見澤潤子『兄 小林秀雄』(新潮社)——妹君による回想
  • 郡司勝義『小林秀雄の思ひ出』(文藝春秋)
  • 西村貞二『小林秀雄とともに』(求龍堂)
  • 饗庭孝男『小林秀雄とその時代』(文藝春秋)
  • 野々上慶一『思い出の小林秀雄』——この方の名前は、あとでもう一度出てきます
  • ゆりはじめ『小林秀雄論 イカロス失墜』(マルジュ社)
  • 白洲信哉編『小林秀雄 美と出会う旅』(世界文化社)
  • 『新潮日本文学アルバム 小林秀雄』(新潮社)
  • 『小林秀雄 百年のヒント』(新潮 四月臨時増刊/生誕百年記念)
  • 永原孝道『死の骨董 青山二郎と小林秀雄』
  • 『批評の誕生』

——妹による回想、編集者による回想、友人による回想、研究者による論考、生誕百年の特集号、そして写真アルバム。ひとりの批評家をこれだけ多方向から囲んでいる蔵書は、なかなかありません。「小林秀雄を読んでいた」というより、「小林秀雄という人を調べておられた」——そう感じる並びでした。

雑誌の表紙に書き込まれていたのは、目当ての一篇の名前でした

この山のなかに、一冊だけ、他とは性格の違うものが混じっていました

薄い白い冊子——雑誌『新潮』です。奥付を見ると昭和62年(1987年)3月1日発行。小林秀雄が亡くなったのは昭和58年3月ですから、没後4年の3月号にあたります。小林秀雄に関する文章がまとまって載っている号でした。ここに、少し不思議なものが書かれていました。

表紙に、手書きで文字が入っているのです。

小林秀雄カラミ道場

——最初に見たとき、正直これが何なのか分かりませんでした。印刷ではありません。前の持ち主の方が、ご自身の手で書き込まれたものです。

中を開いてみて、答えが分かりました。これは蔵主様が思いついた言葉ではなく、この号に載っている一篇のコラムのタイトルでした。書き手は野々上慶一

つまりこの書き込みは、感想でも心情でもありません。「この号には、これが入っている」という覚え書きです。分厚い特集号のなかから、自分にとっての目当ての一篇の名前だけを、表紙に書き出しておいたということになります。

「カラミ道場」——酒席が道場だった、という話

では、その「カラミ道場」とは何なのか。コラムのリード文に、こうありました。

この「人生の達人」の周辺には、つねに河上徹太郎、青山二郎、中原中也、大岡昇平、中村光夫らの面々がいて、酒盛りをやりながらも秋霜烈日、口舌の真剣勝負がかわされていた

——「道場」の意味が、ここで分かりました

比喩としての道場ではありません。昭和初期の文士たちの酒席そのものが、道場だったという話なのです。「カラミ」は、酒の席での「からみ」。酒を飲みながら、しかし秋霜烈日——厳しく容赦のない調子で、言葉の真剣勝負が交わされていた。本文には、生意気な口をきく者がいると小林秀雄から飛んだという一言も紹介されていました。

ヤイ、子供!

——酒の席で、これを言われる。たしかに道場です。

書き手の野々上慶一は、文圃堂という小さな出版社をやっておられた方で、その関係で昭和八年に小林秀雄の知遇を得たと書いておられます。つまりこのコラムは、研究者による分析ではなく、その道場に実際に居合わせた人の証言です。

そして、この方の書きぶりがなんとも良いのです。「なにしろ遠い昔のことです、それに私も八十が近い方の歳、記憶力もあやしく」と前置きをされたうえで、こう続けておられます——「しかも今宵はいささかきこし召しているので、とりとめのない話になることでしょう」

酒席の思い出を書くにあたって、ご自身も一杯やりながら書いておられる。五十年前の道場のことを、同じ姿勢で書いているわけです。こういう文章は、資料としての正確さとは別のところで、その場の温度を伝えてしまいます。

表紙の一行が指していたもの——蔵書を「使える状態」に保つということ

ここで、思い出したことがありました。この蔵書のなかには——野々上慶一『思い出の小林秀雄』が、単行本で入っていたのです。関連書16点の山に横積みになっていた、あの一冊です。

単行本で『思い出の小林秀雄』を持ち、
雑誌に載ったコラム一篇まで拾って、表紙に書き出しておく。

——これは「著者で追いかける」読み方です。小林秀雄を語る人として野々上慶一という書き手を掴んでおられて、その人の文章が雑誌に載っていることを把握し、探し出す手間まで省かないよう表紙に控えておいた。

雑誌の特集号というのは、たいてい何十人もの文章が詰め込まれています。書棚に差してしまえば、背に印刷されているのは雑誌名と号数だけで、中に誰の何が入っているかは分からなくなります。だから表紙に書いておく。——この一行は、蔵書を「使える状態」に保つための実務だったわけです。

古本屋の商品として言えば、表紙への書き込みは状態を下げる要素です。それはそのとおりで、査定では減点として記録します。ただ、この蔵書がどういう蔵書だったかを説明するものとしては、16点のなかでいちばん雄弁でした。全集を揃え、論じた本も回想した本も集め、そのうえで雑誌に散らばった一篇まで捕まえにいっておられた——そういう方の蔵書だった、ということです。

そしてもうひとつ。あのリード文に並んでいた名前を、覚えておいてください。河上徹太郎、青山二郎、中原中也、大岡昇平、中村光夫——このうちの一人の名前が、この日の現場でもう一度、まったく別の箱から出てくることになります。

書き込みがある本は買取できないのか、というご質問をよくいただきます。答えは記事の後半のFAQに書きましたが、ひとことで言えば「見せてください」です。線引きひとつで判断が変わるジャンルもありますし、今回のように、書き込みが「この本には何が入っているか」を教えてくれることもあります。

白洲正子15点——『かくれ里』から『道』まで

白洲正子の著書15点を段ボール箱に立てて並べた状態。『名人は危うきに遊ぶ』『遊鬼 わが師わが友』『いまなぜ青山二郎なのか』『白洲正子自伝』『西国巡礼』『西行』『私の古寺巡礼』(法藏館)『対話 白洲正子 日本の文化について』(神無書房)、青柳恵介『風の男 白洲次郎』、『随筆集 夕顔』『器つれづれ』『旅宿の花 謡曲平家物語』『かくれ里』、函入りの『道』などの背表紙が並んでいる
白洲正子15点。左から『名人は危うきに遊ぶ』『遊鬼』『いまなぜ青山二郎なのか』……と続き、右端の函入りが『道』。『かくれ里』の帯には「読売文学賞受賞」の文字が見えます

3つ目の山が、これでした。白洲正子(しらす まさこ)の著書が15点。こちらもほぼひとまとまりで積まれていました。

  • 『かくれ里』(新潮社)——読売文学賞受賞。近江や大和の、人の目に触れない場所を訪ね歩いた美術紀行
  • 『道』(新潮社・函入り)
  • 『西国巡礼』(新潮社)
  • 『西行』(新潮社)
  • 『私の古寺巡礼』(法藏館)
  • 『遊鬼 わが師わが友』(新潮社)
  • 『名人は危うきに遊ぶ』(新潮社)
  • 『いまなぜ青山二郎なのか』(新潮社)
  • 『白洲正子自伝』(新潮社)
  • 『随筆集 夕顔』(新潮社)
  • 『器つれづれ』(世界文化社/撮影・藤森武)
  • 『旅宿の花 謡曲平家物語』(平凡社)
  • 『対話 白洲正子 日本の文化について』(神無書房)
  • 『白洲正子を読む』(求龍堂)
  • 青柳恵介『風の男 白洲次郎』(新潮社)
  • 『十一面観音巡礼』——こちらは別の箱に入っていました

白洲正子という人については、近年『風の男 白洲次郎』やご夫君をめぐる評伝・ドラマなどをきっかけにお名前を知られた方も多いと思います。ただ、この蔵書の並びを見ると、そういう入り方をされた蔵書ではないことがすぐに分かります。

能を舞い、骨董を見て、寺と仏像を訪ね歩き、器を語り、謡曲から平家物語を読む——15点のほとんどが「見る目」についての本なのです。『かくれ里』『西国巡礼』『私の古寺巡礼』『十一面観音巡礼』と、「巡礼」という語がつく本が並んでいるのも印象的でした。

小林秀雄・白洲正子・青山二郎——ひとつの交友圏が、まるごとありました

ここまで3つの山を見てきて、「あ」と声が出ました

小林秀雄の山と、白洲正子の山。これは一見、別々の作家の蔵書が二組あるように見えます。文芸批評と美術紀行、まったく違うジャンルです。ところが、それぞれの山のなかに相手側の名前を含む本が混じっていたのです。

ひとつずつ挙げてみます。

  • 白洲正子の山のなかに——『いまなぜ青山二郎なのか』
  • 小林秀雄の山のなかに——永原孝道『死の骨董 青山二郎と小林秀雄』
  • 小林秀雄の山のなかに——白洲信哉編『小林秀雄 美と出会う旅』

——両方の山に、青山二郎(あおやま じろう)という同じ名前が現れている

そして三度目です。さきほどの『新潮』の表紙に書き込まれていた「小林秀雄カラミ道場」、あのコラムのリード文にも名前が並んでいました。河上徹太郎、青山二郎、中原中也、大岡昇平、中村光夫——昭和初期の酒席で小林秀雄と口舌の真剣勝負を交わしていた面々です。

酒席の「道場」に居合わせた青山二郎と、
白洲正子が「いまなぜ」と問うた青山二郎は、同じ人です。

青山二郎は、装丁家であり骨董の目利きとして知られた人物です。そして小林秀雄・白洲正子の両者にとって、「ものを見る目」を叩き込んだ相手でした。白洲正子が『いまなぜ青山二郎なのか』を書き、小林秀雄との関係が『死の骨董 青山二郎と小林秀雄』という一冊になっている。つまりこの三人は、それぞれ独立した著者なのではなく、ひとつの円のなかにいた人たちなのです。

雑誌の表紙に書き控えられた一行が、こうして白洲正子の箱まで繋がってしまった——査定をしていて、こういう瞬間はそう多くありません。

そして、決定的だったのが白洲信哉という名前でした。白洲信哉さんは、白洲次郎・白洲正子のお孫さんであり、同時に小林秀雄のお孫さんでもある方です。その方が編んだ『小林秀雄 美と出会う旅』が、この蔵書のなかに入っている。

別々の山に見えていた蔵書は、
ひとつの交友圏を、まるごと追いかけた蔵書でした。

これで、踊り場の平積みがまとまりごとに分けて積まれていた理由も、逆から見えてきました。蔵主様のなかでは、小林秀雄の山と白洲正子の山は、「別のジャンル」ではなく「同じ関心の、別の入口」だったのだと思います。だから山は分かれていて、しかもその両方に青山二郎が置かれている。

私たちの仕事では、「この蔵書は、何を追いかけていたのか」が見えてくる瞬間があります。今日はそれが、驚くほどはっきり見えた現場でした。文芸批評の全集と、美術紀行のエッセイ集が、床の上で一本の線として繋がっていたのです。

木本誠二『謡曲ゆかりの古蹟大成』全5冊揃い——能へ伸びるもう一本の線

そしてもう一組、茶色い布装に金文字の、函入りの5冊セットがありました。背表紙を確認すると、木本誠二『謡曲ゆかりの古蹟大成』(中山書店)——一・二・三・四・五の全5冊揃いです。

謡曲、つまり能の詞章に登場する土地・旧跡を調べ上げてまとめた資料集です。能の一曲一曲には必ず舞台となる土地があり、そこには塚があり、社があり、伝説があります。それを実地に対応させて集成した——相当な労力をかけて編まれた本だということが、5冊の厚みから伝わってきます。

そして、この5冊がここに置かれていた意味です。もう一度、白洲正子の山を思い出してみてください。

  • 白洲正子『旅宿の花 謡曲平家物語』(平凡社)——謡曲から平家物語を読む本
  • 八嶌正治『世阿弥の能と藝論』(三弥井書店)——別の箱に入っていました
  • 木本誠二『謡曲ゆかりの古蹟大成』全5冊揃い(中山書店)

——能・謡曲という、もう一本の線が通っています。

白洲正子はもともと能を舞った人で、その仕事の根っこには常に能がありました。『かくれ里』のような美術紀行も、謡曲に出てくる土地を実際に訪ねるという営みと地続きです。つまり、この蔵書における『謡曲ゆかりの古蹟大成』は、白洲正子を読むための実用書としてここにある——そう読むのが自然だと思いました。

加えて、小川和也『鞍馬天狗とは何者か 大佛次郎の戦中と戦後』(藤原書店)も入っていました。鞍馬天狗——これも能の演目『鞍馬天狗』に由来する名前です。

さらに、鈴木政夫『石彫春秋』『わが石彫の風土』の2冊。石彫、つまり石の彫刻についての本です。骨董を見て、器を見て、仏像を訪ねる目線の延長に、石を彫る人の本がある。これもまた、はぐれた1冊ではなく、この蔵書の性格にきちんと収まる本でした。

雨の降っていない間に——オリコン8箱、階段を往復

査定を終えて、いよいよ搬出です。ここで天気との相談が始まります。

外を見ると、この時点では降っていません。ただ、朝からのパターンを考えると、いつまで持つか分かりません。——今のうちに、一気に。そう決めました。

お譲りいただいた本は、最終的にオリコン(折りたたみコンテナ)8箱分になりました。全集15冊、関連書16点、白洲正子15点、函入り5冊、そして写真には写っていない文庫がぎっしり。本は見た目より、はるかに重いものです。文庫だけを詰めたコンテナは、持ち上げるときにいちばん腰にきます。

そして、ここは2階です。踊り場から階段を下りて、玄関を出て、車まで。これを箱の数だけ往復します。一週間の夏季休業で完全に鈍っていた体には、なかなかいい初日の仕事になりました。

階段での運搬は、私たちがいちばん気を使う作業のひとつです。箱を持つと足元が見えにくくなりますし、壁や手すりに箱の角をぶつければお宅を傷めてしまいます。ですので、一度に運ぶ量は必ず抑えます。急いでいるときこそ、余計に抑えます。往復回数が増えても、それがいちばん速くて安全な方法です。

お客様のなかには、「2階から下ろしておきましょうか」とお申し出くださる方もいらっしゃいます。お気持ちは本当にありがたいのですが、これはどうぞお任せくださいとお願いしています。本を積んだ箱を持って階段を下りるのは、慣れていても危険な作業です。お怪我をされてしまったら、本を売った意味がなくなってしまいます。

すべてを積み終えて荷室のドアを閉め、空を見上げると——まだ、降っていませんでした

雨の降ってない間に積めてよかった
古本屋の一日は、こういう小さな幸運の積み重ねでできています。

帰りの道——盆休み明けの一日を終えて

広島市西区から呉へ戻る道。フロントガラスには、またぱらぱらと雨が落ちてきました。——ぎりぎりのタイミングだったな、と思いながらハンドルを握っていました。

荷室には、オリコン8箱。小林秀雄と、白洲正子と、青山二郎と、謡曲の古蹟が乗っています。一人の方が長い時間をかけて集めてこられた、ひとつの円がまるごとそこにあります。

盆休み明けの初日に、こういう蔵書に出会えたのは、正直ありがたいことでした。休みのあとの初日というのは、体も頭も鈍っているものです。それが今日は、床に積まれた山を見ているうちに、勝手に頭が動き出しました。この山とこの山は繋がっているんじゃないか、この一冊は何のためにここにあるのか——そういうことを考えているうちに、いつのまにか仕事の調子が戻っていました。

本を読む人が、何を追いかけていたのか。蔵書というのは、それを黙って記録しているものです。表紙に書き込まれた「小林秀雄カラミ道場」——雑誌のなかの目当ての一篇を控えておいたあの一行も、そのひとつでした。

この蔵書は、これから当店を通じて、次に必要としている方の手元へ渡っていきます。全集は全集として、揃いのまま。函入りの5冊も、5冊揃いのまま。まとまりを崩さずに次へ渡す——それが、この蔵書に対してできるいちばん誠実な仕事だと思っています。

2026年8月17日、夏季休業明けの初日。本日より通常営業(9:00〜18:00)を再開しております。休業期間中にWebフォームよりお問い合わせ・買取お申込みをいただいておりましたお客様には、順次ご返信を差し上げております。お待たせして申し訳ございません。順にご連絡いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。

全集・思想書・美術紀行の書籍、買取歓迎しております

アッシュ書店では、今回お譲りいただいたような書籍を積極的に買取しております。

  • 個人全集——小林秀雄、白洲正子、吉田健一、河上徹太郎、中村光夫、福田恆存、三島由紀夫、谷崎潤一郎、志賀直哉ほか、近代日本文学・評論の全集
  • 文芸批評・思想書・哲学書——単行本・選集・対談集を問わず
  • 美術・工芸・骨董の本——美術紀行、陶磁器・漆器・染織の本、作家の作品集、図録
  • 能・狂言・謡曲・古典芸能の研究書——世阿弥研究、芸論、能面・装束の本など
  • 寺社・仏像・巡礼の本——古寺巡礼、仏像図鑑、郷土史とあわせての整理も歓迎
  • 函入りの学術書・研究資料の揃い物——分野を問わずご相談ください

とくに「集めた本人の関心が見える蔵書」は、まとまったかたちでお譲りいただけると、次の読者へ渡すときにその意味が保たれます。ジャンルがばらばらに見えても、そのまま全部見せていただくのがいちばんです——今回のように、ばらばらに見えていたものが一本に繋がることが、実際にあるからです。

広島市西区・広島市全域、呉市、東広島市、廿日市市、大竹市、江田島市、竹原市、三原市、尾道市、福山市、三次市、庄原市、安芸高田市——広島県全域に出張買取でお伺いします。出張費・査定費はすべて無料です。2階・物置・納戸に置いたままの状態でも構いません。運び出しはこちらで行います。

FAQ:全集・函入り本・書き込みのある本の買取について、よくいただくご質問

新潮社『新訂 小林秀雄全集』のような全集は、揃いでないと買取してもらえませんか?

揃いであることは確かに大きな評価要素ですが、揃いでなければ買取できないということはありません。『新訂 小林秀雄全集』は第一巻から第十三巻に別巻Ⅰ・Ⅱを加えた全15冊で構成されており、別巻まで含めた完全揃いは古書市場でも安定した評価をいただけます。一方で欠巻がある場合も、他のお客様の欠巻を補う需要が常にありますので、遠慮なくご相談ください。函・帯・月報が残っているかどうかも評価に関わってまいりますので、付属品はできる限り本と一緒にしておいていただけると助かります。広島市西区・広島市全域はもちろん、呉市・東広島市・廿日市市など広島県全域に出張買取でお伺いし、出張費・査定費はすべて無料です。

本の余白や見返しに前の持ち主の書き込みがある場合、買取はできませんか?

書き込みがあると評価が下がるのは事実ですが、買取できないと決まっているわけではありません。とくに思想書・哲学書・評論の分野では、線引きや傍注のある本は珍しくなく、そうした本を求めて探しておられる読者の方も実際にいらっしゃいます。今回お伺いしたお宅では、雑誌の表紙に前の持ち主の方が目当ての収録コラムの題名を書き控えておられ、それがかえって蔵書の性格を伝えるものになっていました。判断が難しいところですので、書き込みの有無で処分を決めてしまわず、まずは現物を拝見させていただければと思います。

函入りの学術書・研究資料の全巻揃いも買取対象になりますか?

はい、函入りの学術書・研究資料の揃い物は当店が力を入れて買取しているジャンルです。今回お譲りいただいた木本誠二『謡曲ゆかりの古蹟大成』(中山書店)全5冊揃いのように、専門分野の資料としてまとまって編まれた本は、たとえ一般的な知名度が高くなくとも、その分野を調べる方にとって代わりのきかない一組になります。こうした本は分売されてしまうと価値が大きく損なわれますので、揃いのまま残っているかたちでお譲りいただけるのが最も望ましいかたちです。能楽・謡曲・古典芸能の研究書、郷土史、美術・工芸、医学史などの分野の函入り揃い物は、ぜひまとめてご相談ください。

2階に本がある場合、階下まで運び出しておく必要がありますか?

いいえ、運び出しはこちらで行いますので、2階や物置にそのまま置いていただいたままで結構です。今回のご依頼では2階の踊り場に平積みで整えてくださっていましたが、階段の上げ下ろしは当店の仕事の範囲です。本は思っている以上に重量があり、階段での運搬はご無理をされると危険ですので、どうぞ手を付けずにお待ちください。むしろ、お譲りいただく本とお手元に残される本を分けておいていただけるほうが、査定も運び出しもずっとスムーズに進みます。搬出経路にある家財の養生・保護にも配慮しながら作業いたしますので、その点もご安心ください。

関連エリア・関連サービス

関連記事もぜひご覧ください