2026年9月26日。雨の一日でした。
この日は広島市内を3件回りました。その最後にお伺いしたのが広島市南区、遺品整理に伴うご依頼です。
この記事は、お伺いする前に「買取は難しいかもしれません」とお伝えしていたお宅の話です。そしてもう一つ——持ち帰った15冊のうち1冊が、私の手を止めました。
ChatGPTに聞いて、お電話をくださいました
先日、お電話でお問い合わせをいただきました。
きっかけを伺って、少し驚きました。
ChatGPTに聞いて、当店に電話をくださったとのことでした。
当店は2006年からこの仕事をしております。お電話をくださるきっかけは、その時代ごとに変わってきました。
電話帳、新聞の折込、看板。それからホームページ。「『古本買取』で検索したらホームページが出てきて、ブログをさかのぼったら、うちにあるのと同じ本があったから電話した」——7月に安芸区で伺ったお言葉です。
そして今回は、AIに聞いた、と。
ChatGPTがどうやって当店の名前を出したのかは、当店には分かりません。仕組みの説明は、当店にできることではありません。
分かっているのは、お客様が古本屋を探す道筋に、また一本、新しい道ができているということだけです。
それを記録しておきたいと思いました。
「買取は難しいかもしれません」と、先にお伝えしていました
事前のお電話で伺っていたのは、こういうご事情でした。
遺品整理で、文庫本がいっぱいある。そして古い小説が多い、と。
ここで当店は、お伺いする前にお伝えしております。
買取は難しいかもしれません——と。
言いにくいことではあります。せっかくお電話をくださったのに、水を差すような返事になります。
それでも先にお伝えするのは、そのほうがお客様の時間を使わせずに済むからです。お伺いしてから「これは値段が付きません」と申し上げるより、電話の段階で見込みをお話ししたほうが、お客様が判断できます。
すると、こうおっしゃっていただきました。
処分する前に一度見ていただけると安心しますので、お願い出来ますか
このお言葉で、お伺いすることになりました。
「処分する前に一度」——当店が呼んでいただく理由は、ここです
本の値打ちは、時代によって変わります。
先ほど書いた、お電話をかけるきっかけと同じです。電話帳からホームページへ、そしてChatGPTへ——変わっていきます。本の値段も同じで、ずっと同じところにいるわけではありません。
買ったときの定価とも違います。10年前の相場とも違います。探している方が増えれば上がり、整理の時期が重なれば下がります。
同じ棚に、古書店で普通に並んでいる本と、なかなか出てこない本が、並んで入っています。背表紙を見ただけでは分かりません。厚い本が高いわけでも、古い本が高いわけでもありません。
それを日々見ているのが、当店の仕事です。市場に出ている数、探している方の動き——そこを追いかけているだけです。
そして、本を処分してしまったあとでは、確かめようがありません。古紙回収に出した本、廃棄した本——それがどういう本だったのか、あとから調べることはできません。
今回、実際に本棚の一角から15冊が出てきました。
もし先に処分されていたら、この15冊も一緒に束ねられていたと思います。文庫と一緒に並んでいたのですから、区別はつきません。
当店が「難しいかもしれません」と申し上げたのは、電話で伺った話からの見込みです。本棚を見ていない状態での話です。だからこそ、見に行く意味があります。
雨の中、3件目でした
当日は朝から雨でした。
お約束は午後から。ただこの日は広島市内を回る日で、南区の前にも予定が入っておりました。
そこで「今日は広島市内にいますので、前の予定が終わり次第お伺いします」とお伝えし、時間を調整していただきました。
こういう融通をきかせていただけることが、当店の仕事では本当にありがたいのです。先週、呉市で30分早くお伺いさせていただいた日もそうでした。出張買取は、一日の予定が数珠つなぎになっています。一件が動くと全部が動きます。
そして雨の日の積み込みです。本は紙ですから、玄関先から車までの数メートルでも気を使います。
本棚には、ベストセラーの文庫がずらりと並んでいました
到着して本棚を拝見しました。
事前に伺っていた通りでした。
並んでいたのは、赤川次郎、森村誠一、西村寿行、大藪春彦——ひと時代のベストセラー作家の文庫が、ずらりと。
ここは、はっきり書いておきます。
こうした文庫に、古書としてのお値段をお付けするのは難しいのです。
理由は状態ではありません。数です。
売れなかったから残っているのではなく、売れたから残っています
ここを誤解されたままにしたくないので、少し書かせてください。
赤川次郎、森村誠一、西村寿行、大藪春彦——どの方も、当時ものすごく読まれた作家です。
刷られた部数が多く、読んだ方が多く、そして多くの家の本棚に入りました。
その本が、いま一斉に整理の時期を迎えています。だから古書店にも、同じ本がたくさん集まってくるのです。
つまり、売れなかった本だから残っているのではありません。売れた本だから、いま数が多いのです。
査定額が変わる理由について書いた記事でも触れておりますが、古書の値段は「探している人の数」と「残っている数」の釣り合いで決まります。本の中身の評価ではありません。
お値段がお付けできないことと、本棚にその本が並んでいたことは、別のものです。
本棚の一角に、広島がありました
文庫を一段ずつ拝見していって、本棚の一角で手が止まりました。
文庫ではない本が、まとまって入っていました。
それで申し上げました。
これは買取出来ますよ
お客様からは、こうお返事をいただきました。
買取出来るものだけでお願いします
お預かりする前に、お尋ねしています
このとき当店から、お尋ねしております。
買い取れない本はどうしますか。ご希望であれば無料で引き取りも可能ですよ——と。
それに対してのお返事が、先ほどの「買取出来るものだけでお願いします」でした。残りはご自身で処分されるとのことでした。
それであれば、こちらが重ねる必要はありません。ご要望に沿う形で対応させていただきます。
当店は買取できないものも無料でお引き取りするようにしております。置いて帰れば処分の手間だけがお客様に残るからです。ですので、こちらから必ずお声がけします。
そのうえで、お客様が「これでいい」とおっしゃるなら、それが正解です。
お譲りいただいた15冊は、1冊も広島から外れていませんでした
事務所に持ち帰って、背を並べてみました。冒頭の写真がそれです。
15冊。並べて、少し驚きました。
郷土史
武一騒動 — 広島・旧浅野藩下における明治農民騒擾の真相(金谷俊則/中央公論事業出版)
広島県の百年(県民100年史 34/山川出版社)
可部の歴史と文化 — 地域文化研究叢書1(広島文教女子大学 地域文化研究所)
安芸・備後の民話 第一集(垣内稔 編/未来社)
『可部の歴史と文化』は、広島文教女子大学の地域文化研究所が出したものです。『安芸・備後の民話』は未来社——全国の民話を県別に編んでいったシリーズの、広島の巻です。
原爆
原爆詩集(峠三吉/平和文庫)
忘れな草 — 我が家の原爆体験記(隅井富子)
峠三吉の『原爆詩集』と、ご自身の家族の体験を書き残された『忘れな草』が並んでいました。
前者は広島を代表する詩集です。後者は出版社の記載がありません。こうした本は、当店でもときどき出てきます。
広く読まれた一冊と、一家の記録。この2冊が同じ棚に入っていました。
戦争遺跡
呉・江田島・広島 戦争遺跡ガイドブック(奥本剛)
呉、江田島、広島。当店が日々走っている場所です。
広島の山
新・分県登山ガイド33 広島県の山
分県登山ガイド33 広島県の山
ふるさとの山歩き — 広島県と周辺の山々(中国新聞社)
続ふるさとの山歩き — 広島県と周辺の山々(中国新聞社)
中国花の名所12カ月
ここが面白いところでした。『分県登山ガイド』が、新旧2冊入っています。
同じシリーズの改訂版を、古いほうも残して両方持っておられた。そして中国新聞社の『ふるさとの山歩き』も正編と続編の2冊。
山に行くための本です。持って歩く本ですから、本棚に飾るものではありません。
やきもの・ダム・そして「広島を語る」
広島のやきもの(財団法人 広島地域社会センター)
来てくれと頼んだ覚えはない — 温井ダム建設34年の軌跡(真田恭司/どんぐり舎)
広島を語る(昭和六十一年四月)
『来てくれと頼んだ覚えはない』——この題名です。
温井ダムの建設は34年かかりました。その記録に、この題名が付いています。どういう34年だったのかが、題名だけで伝わってきます。
『武一騒動』で、手が止まりました
15冊を並べて写真を撮ったあと、1冊が気になって、中を開きました。
『武一騒動 — 広島・旧浅野藩下における明治農民騒擾の真相』(金谷俊則/中央公論事業出版)です。
まず、表紙が地図でした。
安藝國、山縣郡、沼田郡、佐伯郡、高宮郡——いまの市町名ではなく、旧郡名で広島が描かれています。海田、呉市、厳島といった地名も入っています。
そして帯にこうあります。
明治四年八月、新政府の命による旧藩主・浅野長訓の上京を農民たちが阻止したことに端を発する「武一騒動」。この旧広島藩全域にわたった大一揆の首謀者とされ、鎮圧後梟首刑される「武一」こと森脇武一郎の姿と、いまだ不明な点の多い事件の全容を検証する。
明治四年、旧広島藩の全域に広がった一揆の本でした。
「全域」がどれくらいの広さなのかは、表紙の地図を見ると分かります。郡の名前が並んでいるところが、そのまま騒動の広がった範囲になります。
第一章の題は「柱の疵」です
開いてすぐ、第一章の題が目に入りました。
「一 柱の疵」
そして最初の数行で、私は本を置けなくなりました。
広島県山県郡北広島町有間に、幕末に建てられたという農家が保存されている。農家とはいっても、庄屋をつとめていた人の家だそうだから、なかなか立派な造りをしている。
北広島町の有間。
母屋は天保年間(1830〜1840年ころ)の建築様式を伝えていて、明治初年ころには石橋久兵衛という庄屋が住んでいたとあります。
そしてこの家は現在、町の教育委員会が管理していて、自由に見学することができると書かれていました。
ページには写真が載っています。キャプションは「有間の庄屋宅」。茅葺きの大きな屋根、道路沿い、案内板。
数年前、浜田道から見えた家でした
この写真を見て、分かりました。
数年前、浜田道を走っていて見えた旧家です。
高速道路から、茅葺きの大きな家が見えました。あのときは「立派な家があるな」と思っただけで、通り過ぎています。名前も、由来も、何も知りませんでした。
それが、南区の本棚から出てきた1冊の第一章に載っていた。
ここで興味が一気にわきました。
柱に、明治四年の跡が残っています
本文は、こう続きます。
表側の三部屋を中心に、柱のいたるところに荒々しく削りとったような跡が眼に入る。これは、明治四年(一八七一)におきた武一騒動のときに受けた鉈や鍬でつけられた跡だという。
柱に、疵が残っているのです。
次のページには、その柱の写真がありました。キャプションは「柱の疵」。表面が黒光りしています。
著者はこう書いています。
この疵跡はながい年月をへて、いまでは表面が黒光りしているけれど、手で触れてみると、鉈や鍬を力まかせに打ち込んだ当時の人の激情が、まだそこに息づいているような気がする。
著者は、その柱に手で触れています。
「不明な部分が多い」と書いている本でした
読み進めて、もう一つ感じたことがあります。
この本は、分からないことを分からないと書いています。
著者は、武一騒動について「真相というか、細部については、不明な部分が多い」と書きます。
先行する本——昭和三十六年に出た『広島縣武一騒動録』——についても、正直です。「物語風に虚飾された部分が少なくない」ため、歴史的価値としてよりも読みやすさを目的に書かれたものと見て、史実と認めることに躊躇する、と。
史料についても、旧藩主側が編んだ『藝藩志』と、農民側が出した『歎願書』に大別できると整理したうえで、「この事件の全容を明らかにすることは困難な作業である」と書いています。
そして最後に、こうあります。
あとは読者の判断に委ねることにする。
ここは、当店が日々気をつけていることと重なりました。
分かっていないことを、分かったように書かない。本の中の一文ですが、書き手の姿勢がはっきり出ています。
この1冊は、まだ売らずに置いています
それで、決めました。
この本は、まだ販売せずに、ちょっと読んでみようと思います。
古本屋が仕入れた本を読み始めるのは、商売としてはあまり褒められたことではありません。読んでいる間は、売れません。
それでも、高速道路から見えていた家に、明治四年の鉈の跡が残っていると知ってしまったら、もう先が気になります。
本を扱っていて、ときどきこういうことが起こります。
南区の本棚に入っていた1冊が、数年前に高速から見た風景と、明治四年の出来事をつなげてしまった。そういう1冊でした。
よくあるご質問
電話で「たぶん買取は難しい」と言われました。それでも来てもらえますか?
お伺いします。今回の広島市南区のご依頼が、まさにその形でした。事前のお電話で「文庫本がいっぱい、古い小説が多い」と伺っていたので、当店から「買取は難しいかもしれません」と正直にお伝えしておりました。そのときお客様から「処分する前に一度見ていただけると安心しますので、お願い出来ますか」とおっしゃっていただき、お伺いしております。結果として本棚の一角に広島の郷土史・原爆・山の本が15冊あり、こちらはお買取しました。電話でお聞きした話と、本棚を見せていただいた結果が違うことは珍しくありません。本棚は一人のものではないことも多く、ご本人が把握されていない一角があるのが普通です。そして処分してしまったあとでは、確かめようがありません。ですから当店は、難しいかもしれないと申し上げたうえで、それでもよろしければ拝見に伺います。
文庫本がたくさんあります。買取してもらえますか?
拝見はいたしますが、正直に申し上げますと、お値段をお付けできないことが多いジャンルです。理由は状態ではなく数です。たくさんの方に読まれてたくさん刷られた本は、いま古書店にも同じものがたくさん残っています。赤川次郎、森村誠一、西村寿行、大藪春彦——どの作家も当時ものすごく読まれた方々で、だからこそ現存数が多くなります。売れなかったから残っているのではなく、売れたから残っているのです。当店はこのことを、お伺いする前のお電話の段階でお伝えするようにしております。期待させておいて現場で下げることは、いたしません。
郷土史や地域の本は買取してもらえますか?
お引き受けします。今回お譲りいただいた15冊は、すべて広島に関する本でした。『武一騒動』(金谷俊則・中央公論事業出版)、『広島県の百年』(山川出版社)、『可部の歴史と文化』(広島文教女子大学地域文化研究所)、『安芸・備後の民話 第一集』(垣内稔編・未来社)、峠三吉『原爆詩集』、『忘れな草 我が家の原爆体験記』(隅井富子)、『呉・江田島・広島 戦争遺跡ガイドブック』(奥本剛)、広島県の山の本、『広島のやきもの』、『来てくれと頼んだ覚えはない 温井ダム建設34年の軌跡』(真田恭司・どんぐり舎)など。地域の出版社や研究所が出した本、部数の少ない本は、探している方に届きにくいものです。当店は広島の古書店として、こうした本をお引き受けしています。
買取できない本はどうなりますか?
ご希望であれば無料でお引き取りします。費用はいただきません。今回も当店から「買い取れない本はどうしますか。無料で引き取りも可能ですよ」とお尋ねしております。今回は「買取出来るものだけでお願いします」とのお返事でしたので、その通りにいたしました。ご要望に沿う形で対応させていただきます。置いて帰ると処分の手間だけがお客様に残りますので、当店からお声がけするようにしております。すでに段取りが決まっているのであれば、買取だけでも構いません。
まとめ
2026年9月26日、雨の広島市南区で遺品整理に伴う出張買取。この日の3件目でした。
ご依頼はChatGPTに聞いてのお電話から。事前に「買取は難しいかもしれません」とお伝えしたところ、「処分する前に一度見ていただけると安心しますので、お願い出来ますか」とおっしゃっていただきました。お伺いして、その場で査定して、当日お支払いまで完了しております。
本棚はベストセラー作家の文庫がずらり——事前の見立て通りでした。その一角に、広島の郷土史・原爆・山の本が15冊。1冊も広島から外れていませんでした。
そして『武一騒動』の第一章「柱の疵」。数年前に浜田道から見えた、あの茅葺きの家でした。柱には明治四年の鉈の跡が、いまも黒光りして残っているそうです。
この1冊は、まだ売らずに置いています。