2026年7月15日、水曜日の夕方。広島市東区のお宅で二日間かけてお引き受けしてきたお父様の蔵書 約1200冊の搬出が、本日ようやくすべて完了いたしました。事務所の隅に、本のぎっしり詰まったオリコンが静かに積まれています。段ボールとオリコンを合わせて相当な数——数えるのはあえてやめて、まずはこの記事を書き始めることにいたしました。
先週、ご家族の方からお電話をいただきました。「父の遺品整理で、実家の本を見ていただけないでしょうか」と、静かにおっしゃるお声。おそらく娘さんでいらっしゃるようでしたが、詳しくは伺いませんでした。「14日と15日、その二日だけ実家に戻れます。他の手続きもあるので、一日あたり2時間くらいしか時間が取れないのですが、それでもお願いできますでしょうか」と、控えめにご相談くださいました。
本を運び出す仕事というのは、ご家族の「限られた時間」を扱う仕事でもあります。「二日間、それも一日2時間ずつ」——古本屋20年やってきた店主として、こういうご依頼にこそ、段取りの経験値をお返しするのが仕事だと思っております。「承知しました、二日で必ずお終いさせていただきます。ご都合の良い時間をお聞かせください」——そうお返事して、7月14日・15日の二日間、広島市東区へ向かう予定を立てました。
この記事でわかること
・広島市東区の遺品整理買取現場の実例(2026年7月14日〜15日)
・呉から国道375号線を北上、苗代から熊野道路経由で広島市東区へ向かう「節約ルート」
・外気温35℃・猛暑日の二日間、限られた時間の中での査定・搬出段取り
・本棚6本分・約1200冊——キリスト教神学・聖書学・教会史・イスラーム・ユダヤ教研究の第一級ラインナップ
・ハンス・キュンク、カレン・アームストロング、E.P.サンダース、A.E.マクグラス、アズィズ・S・アティヤ、ヴェスターマン、井筒俊彦——現代宗教学の巨匠たちの著作が同居する書棚
・「一神教三兄弟(ユダヤ・キリスト・イスラーム)を横断的に理解しようとする知的地図」の実物
・買取できない本ゼロ——1200冊すべてが「読むために選ばれた本」だった選書眼
・定年退職後、独りで宗教学を追い求められたお父様の、蔵書だけが語ってくれた「独学の到達点」
呉から広島市東区へ——国道375号線を北上、苗代から熊野道路の「節約ルート」
朝、出張のための準備を整えて呉市の店舗を出発しました。広島市東区へ向かうルートはいくつかありますが、本日選んだのは国道375号線を北上し、苗代から熊野道路を経由する節約ルートです。高速道路を使わずに広島市内に入ることができるため、ご依頼一件あたりの出張費を抑えることができ、結果的にお客様への還元——出張費無料での対応——にもつながっています。
実はこの国道375号線、昨日のブログでご紹介した灰ヶ峰の麓を通る道でもあります。標高737メートル、呉市民の心の山・灰ヶ峰を左手に見ながら北上し、苗代から熊野方面へ。熊野道路を抜けると、広島市東区はもう目と鼻の先です。呉市民にとっては馴染み深いルートですが、改めて走ってみると、呉と広島市は本当に近いんだなあと感じます。
本日の車の外気温計は、35℃。呉の店舗を出るときすでに真夏日を通り越して猛暑日の予感が漂っておりました。エアコンを効かせながら国道375号線を北上していきますが、フロントガラス越しに差し込む日差しが容赦なく、ダッシュボードマットの表面もじりじりと熱を溜めていくのが分かります。窓の外の緑もどこか白っぽく見えて、真夏の日差しがすべてのものから色を抜いていくような、そんな午前中でした。
本を運ぶ仕事にとって、真夏の35℃は雨と並んで難敵です。紙は湿気を嫌いますが、実は高温もまた紙にとっては大敵——特に古い神学書や革装の背表紙は、車内で長時間の高温にさらされると接着剤が弱くなったり、装丁が反ったりすることがあります。エアコンをやや強めに効かせながら、本を積み込んだあとは一気に事務所まで戻る——それが真夏の出張買取の基本段取りです。
ご依頼のお電話——「14日と15日、実家に戻れるのはその二日だけ」
お電話をくださったのは、おそらく娘さんかご家族の方——お声の落ち着き方から、お父様がお亡くなりになられて、ある程度の時間が経ってからのご依頼だと拝察しました。急な葬儀直後のバタバタしたご依頼と、少し時間を置いてからの落ち着いたご依頼は、お電話の口調で何となく分かるものです。
「父の蔵書なんですが」——そうおっしゃったので、店主は「お父様のご蔵書ですね。承知しました。差し支えなければ、どのようなご本が中心か、覚えている範囲でお聞かせいただけますか」とお伺いしました。
返ってきたお答えは、「キリスト教関係の本が多いのですが、他にもユダヤ教とかイスラームの本もあったと思います」——この一言で、店主は姿勢を正しました。キリスト教書だけの蔵書と、キリスト教書+ユダヤ教書+イスラーム書が並ぶ蔵書は、まったく別物です。前者は信徒あるいは神学生・牧師の書棚である可能性が高く、後者はさらにその奥——「一神教全体を比較宗教学的に理解しようとしていた読者」の書棚である可能性が浮かんできます。
「本棚は何本くらいでしょうか」とお伺いすると、「6本分くらいだと思います。ぎっしり詰まっています」とのお答え。本棚6本分で1000冊超——これはもう、はっきりとした研究蔵書の規模です。「14日と15日、その二日だけ実家に戻れます。他の手続きもあるので、一日あたり2時間くらいしか時間が取れないのですが、それでもお願いできますでしょうか」というお言葉の重みが、その時点で店主にははっきり分かりました。
「承知しました、二日で必ずお終いさせていただきます」——そうお返事して、14日と15日、それぞれ午後の2時間ずつという段取りを組ませていただきました。
7月14日・一日目——本棚6本、キリスト教神学書1200冊との対面
7月14日火曜日、午後1時。国道375号線を北上して、苗代から熊野道路を抜けて、広島市東区の指定のお宅に到着いたしました。玄関先でご家族の方にご挨拶をして、書斎に案内していただきます。
ドアを開けて、店主は思わず言葉が出ませんでした。本棚6本——それも、天井近くまでの高さのある大きな本棚が、書斎の壁面をぐるりと囲むように配置されていて、その一段一段、隙間なく本が詰まっているのです。手前の何冊かの背表紙を見た瞬間に、店主の心の中で警報のような感覚が走りました。「これは、ただの信徒の書棚じゃない」——と。
いちばん近い一段に手が届いた瞬間、まず目に飛び込んできたのはC.ヴェスターマン『聖書の基礎知識 旧約篇』日本キリスト教団出版局——それも改訂新版と旧版の両方が並んでいます。同じ本を、装丁違い・版違いで揃えて残していらっしゃる。この段階で店主は「ああ、これはコブラ完全版のお父様と同じタイプの読者だ」と、先月安佐南区でお預かりした寺沢武一の書棚を思い出しました。本の内容を追いかけるだけでなく、その本の「版」そのものを愛する読者——趣味の対象が漫画か神学かの違いはあっても、蔵書に向き合う姿勢は同じなのです。
その隣にジョン・マックォーリー『現代思想におけるイエス・キリスト』(Jesus Christ in Modern Thought)、A.E.マクグラス『旧約新約 聖書ガイド 創世記からヨハネの黙示録まで』、アズィズ・S・アティヤ『東方キリスト教の歴史』、J.フェンネル『ロシア中世教会史』——ここまで来て、店主の心の中の警報はちゃんとした確信に変わりました。
「神学部の書庫みたいだ」——正直、これが最初の感想でした。20年古本屋をやっていて、キリスト教書がまとまって出るお宅は月に何度か経験しますが、ここまで組織神学・聖書学・教会史・比較宗教学の学術書が体系的に並んでいる個人蔵書には、そうそうお目にかかれるものではありません。
蔵書の全景——現代神学の第一級ラインナップが並ぶ書棚
時間が限られている中でしたので、査定は一段ずつ「揃い方の質」を見て、一段の平均単価を素早く見立てるやり方で進めました。1200冊を一冊ずつ扉を開けて確認していたら、二日どころか一週間かかってしまいます。20年の経験値で、「この段は◯円平均」「次の段は◯円平均」と、脳内で電卓を弾きながら進めていく——古本屋の見立ての現場です。
本棚6本を一通り拝見して、蔵書は大きく五つの柱で構成されていることが分かってまいりました。
① 聖書学・聖書注解
- C.ヴェスターマン『聖書の基礎知識 旧約篇』(新版・改訂新版)日本キリスト教団出版局
- C.ヴェスターマン『聖書の基礎知識 新約篇』日本キリスト教団出版局
- A.E.マクグラス『旧約新約 聖書ガイド 創世記からヨハネの黙示録まで』本多峰子訳
- 『口語訳 聖書』日本聖書協会(Japanese Colloquial Bible)
- ほか各種聖書注解書・聖書辞典・研究書多数
② 組織神学・現代神学
- ハンス・キュンク『キリスト教 本質と歴史』(Das Christentum: Wesen und Geschichte)福田誠二訳・教文館
- ハンス・キュンク『キリスト教』(Christentum: Geschichte)福田誠二訳・教文館
- ジョン・マックォーリー『現代思想におけるイエス・キリスト』(Jesus Christ in Modern Thought)河野隆一訳
- 浜田華練『一なるキリスト・一なる教会』
- ほか組織神学・キリスト論・教会論の学術書多数
③ 教会史・キリスト教史
- アズィズ・S・アティヤ『東方キリスト教の歴史』村山盛忠訳
- 田島照久・阿部善彦編著『新装版 テオーシス——東方・西方教会における人間神化思想の伝統』教文館
- J.フェンネル『ロシア中世教会史』宮野裕訳
- 指昭博・並河葉子監訳『イギリス宗教史——前ローマ時代から現代まで』(A History of Religion in Britain)法政大学出版局
- 指昭博著『イギリス宗教改革の光と影』MINERVA西洋史ライブラリー90・ミネルヴァ書房
- ほか各時代・各地域の教会史書多数
④ 比較宗教・一神教横断
- カレン・アームストロング『神の歴史——ユダヤ・キリスト・イスラーム教全史』(A History of God)高尾利数訳・柏書房
- E.P.サンダース『パウロとパレスチナ・ユダヤ教——宗教様態の比較』(Paul and Palestinian Judaism: A Comparison of Patterns of Religion)浅野淳博訳
- 市川裕『ユダヤ教の精神構造』増補新装版・東京大学出版会
- 小林寧子『インドネシア 展開するイスラーム』名古屋大学出版会
- 茅根由佳『インドネシア政治とイスラーム主義——ひとつの現代史』名古屋大学出版会
- ほか比較宗教学・宗教社会学の学術書多数
⑤ 信仰実践・霊性・古典
- セバスティアン・フランク『パラドクサ』福原嘉一郎訳・安酸敏眞解説
- O.ハレスビー『みことばの糧——日々新たに』鍋谷堯爾訳・日本キリスト教団出版局
- 井筒俊彦の著作群(イスラーム哲学・比較宗教学・言語哲学)
- ほか霊性文学・信仰随想・古典翻訳多数
五つの柱を書き出してみて、店主は改めて思いました——これは、「キリスト教が好きな人の書棚」ではない。これは「宗教とは何かを、原典と学術書の両方から独りで追いかけた人の書棚」だ、と。
カレン・アームストロング『神の歴史』が並ぶということ——ユダヤ・キリスト・イスラームを横断する視点
本日の蔵書の中で、店主が特に「これは……」と手が止まった一冊が、カレン・アームストロング『神の歴史——ユダヤ・キリスト・イスラーム教全史』(A History of God)柏書房です。
アームストロングは、元カトリック修道女で、後に還俗して比較宗教学のライターとして世界的な影響力を持つに至った書き手。この『神の歴史』は、「アブラハムの子孫であるユダヤ教・キリスト教・イスラーム教の三つの一神教が、四千年にわたって『神』という同じ対象をどう捉え直してきたか」を通史として描き切った、比較宗教学の名著です。書名の直訳「神の歴史」に、副題として「ユダヤ・キリスト・イスラーム教全史」と付けたこの日本語版が、書棚に並んでいる——。
そして、その隣を見渡すと、市川裕『ユダヤ教の精神構造』増補新装版・東京大学出版会——日本のユダヤ教研究の第一人者による本格的な学術書。さらにその隣に、小林寧子『インドネシア 展開するイスラーム』名古屋大学出版会、茅根由佳『インドネシア政治とイスラーム主義——ひとつの現代史』名古屋大学出版会。イスラーム研究の中でも、特に東南アジアのイスラームという、日本の学界の中でも先端の分野の学術書が、この書棚には収まっているのです。
キリスト教書だけでも十分に立派な蔵書です。しかし、この書棚の異次元さは、「キリスト教研究と並列で、ユダヤ教研究とイスラーム研究の第一級学術書が同居している」ところにあります。一神教三兄弟——ユダヤ・キリスト・イスラーム——を横断的に理解しようとする、はっきりとした知的意志が、この書棚の設計にはある。
「これは、独学の書棚じゃない」——店主は心の中でつぶやきました。「これは、独学であって独学ではない書棚だ。市民大学講座か、公開講義か、あるいはご自宅で、ここまでの射程を独りで組み上げてきた読者の書棚だ」と。
井筒俊彦の存在——書棚の射程が「独学」の域を超えていた理由
そしてもう一つ、店主が「これで確信した」と感じたのが、井筒俊彦(1914-1993)の著作群が、まとまった数、書棚のあちこちに散らばって存在していたことでした。
井筒俊彦——慶應義塾大学の言語学者にして、日本におけるイスラーム哲学・比較宗教学・意味論の草分け。コーラン原典を日本語に訳したことで知られる、日本の東洋思想研究における不世出の学者です。『イスラーム思想史』『イスラーム哲学の原像』『意識と本質』『コスモスとアンチコスモス』——生涯を通じて、イスラーム、ユダヤ教、仏教、ヒンドゥー教、道教、儒教、東西の言語哲学を、原典に当たりながら統合的に考察した、日本の知性の一つの到達点です。
この井筒俊彦の著作が、キュンクやアームストロングと並列で書棚に並んでいる——ということは、お父様の書棚が「西洋の一神教研究」だけでなく、「東洋の眼から見た一神教の意味論」までを射程に含んでいたことを意味します。比較宗教学と言語哲学の橋渡しまでを、独りで追いかけていらしたのです。
店主は、書棚の井筒作品の背表紙をそっと撫でながら、心の中でお辞儀をいたしました。井筒俊彦を書棚に並べる読者は、本気の読者です。それも一冊二冊ではなく、複数冊まとまって並んでいる。この時点で、お父様の書棚は「趣味の書棚」の域を明確に超えていた——研究者と同じ地平で本を読んでこられた読者の書棚だと、店主は確信いたしました。
東方キリスト教からインドネシアのイスラームまで——お父様の知的地図
本棚6本を一通り拝見していく中で、店主の頭の中に、お父様の「知的地図」のようなものがだんだん立ち上がってまいりました。
まず中心にあるのは、キリスト教の聖書学と組織神学。ヴェスターマンで旧約・新約の基礎を固め、マクグラスで通読ガイドを持ち、キュンクとマックォーリーで現代神学の本流を追いかける。ここまでで、すでに神学部の学生の必読書リストに近い体系です。
そこから、時代と地域を広げていく——アティヤ『東方キリスト教の歴史』でコプト・シリア・アルメニア・エチオピアなどの東方諸教会へ、フェンネル『ロシア中世教会史』でロシア正教へ、指昭博『イギリス宗教史』『イギリス宗教改革の光と影』でアングリカン・チャーチと英国宗教改革へ、田島照久・阿部善彦『テオーシス』で東方・西方教会の人間神化思想の伝統へ。キリスト教史を、地理的にも神学的にも「四方八方に広げていく」設計です。
そして、そこからキリスト教の外へと踏み出していく——E.P.サンダース『パウロとパレスチナ・ユダヤ教』は、パウロ研究を通じて「キリスト教が生まれた母胎としてのユダヤ教」を捉え直そうとする1977年の記念碑的著作。市川裕『ユダヤ教の精神構造』で、ユダヤ教そのものの内側から。アームストロング『神の歴史』で、一神教三兄弟の四千年史を一望する。小林寧子・茅根由佳のインドネシア・イスラーム研究で、東南アジアの現代イスラームまで視野を広げる。
そして最後に、井筒俊彦を通じて、「東洋の眼から見たとき、一神教とはどのような意味論的構造なのか」を問い直す——。
これは、はっきり言って一つの立派な研究計画です。大学院で「比較宗教学の博士論文を書きなさい」と言われたら、この書棚のラインナップは、そのまま参考文献一覧として通用します。それを、お父様は定年退職された後に、独りで組み上げていらした——ご家族の方からそう伺ったとき、店主はしばらく言葉が出ませんでした。
1200冊、買取できない本はゼロ——正直モードで書く「選書眼」の話
ここで、当店のブログでは何度も書かせていただいている「正直モード」で、一つ大切なことをお伝えしておきたいと思います。
本日お預かりした約1200冊の中で、「買い取れなかった本」は、一冊もありませんでした。
これは、20年古本屋をやっていて、実は珍しいことです。通常、1000冊クラスの遺品整理の蔵書には、必ず「買取できない本」——例えば、書き込みが多い本、日焼けや汚れがひどい本、市場性のない本、コンビニコミックのような大量流通の廉価本——が一定割合含まれています。当店は「買取できない本もご希望に応じて引き取り対応します」というスタンスで、先月の安佐南区のお宅でも、お母様の蔵書を引き取り対応させていただきました。
ところが、今回のお宅は、一冊一冊がすべて「読むために選ばれた本」だったのです。装丁の程度も、書店のカバー付きのまま保管されていたり、購入時のスリップが挟まったままだったり、状態が明らかに丁寧に保たれておりました。「読み散らかした本」ではなく、「一冊ずつ意図をもって手元に置いた本」の集積——それが本棚6本、1200冊分並んでいる。
これは古本屋の職業的直感として申し上げるのですが、「蔵書に無駄な本が一冊もない」という状態は、その方の選書眼の高さの証拠です。買うときに迷って、読み終えた後に「本当に手元に置くべきか」を吟味して、はっきりとした基準で残す本と手放す本を分けてこられた——そういう読み手の書棚だけが、1000冊を超えても「無駄がない」状態を保てます。
その場でご家族に、店主は率直に申し上げました。「失礼を承知で申し上げますが、この蔵書、買取できない本が一冊もございません。1200冊、すべてお引き受けさせていただきます」と。ご家族の方はそのお言葉に、少しびっくりされた表情をなさっていました。「そんなに全部?」と。「はい、全部でございます。お父様の選書眼が、それだけしっかりされていたということです」——そうお答えいたしました。
一日目の作業——本棚5本分をオリコンへ、そして次の日へ
時間の限られた中で、一日目の作業は「査定+本棚5本分をオリコンに詰め切る」ところまでを目標にいたしました。査定は先ほど書いた通り、一段ごとに平均単価を見立てながら、脳内で電卓を弾く方式で。オリコンへの詰め方は、背表紙が見える向きに立てて、判型ごとに区切る——後日事務所で整理する際にジャンル分けがしやすいように、この時点である程度の秩序を持たせて詰めていきます。
初日、2時間の作業時間の中で、本棚5本分をオリコンに詰め終えました。残り本棚1本分と、詰めたオリコンを車に積み込む作業は、翌日の2日目に持ち越し——お宅の一角に、本の詰まったオリコンを一晩お預かりする形でお願いいたしました。
ご家族の方は「ここに置いておいて大丈夫です」とご了承くださり、店主は「明日、必ずすべて運び出させていただきます」とお約束して、初日を終えました。外はまだ35℃、車の中に戻るとハンドルが手のひらを焼くように熱くなっておりました。帰りの熊野道路で、店主はしばらく無言でハンドルを握っておりました。あの書棚を、一晩、独りで抱えている感覚——古本屋20年やっていて、ときどきこういう夜があります。
7月15日・本日、二日目——残り1本分の詰めと、車への全積み込み
そして本日、7月15日水曜日。再び国道375号線を北上して、苗代から熊野道路経由で広島市東区へ。車の外気温計はまた35℃——昨日と同じ気温です。二日連続の猛暑日、真夏の広島湾岸らしい暑さでした。
お宅に到着してご挨拶を済ませ、まずは残っている本棚1本分のオリコン詰めから。書棚一本、上から下まで、井筒俊彦や信仰随想の類が中心の一段でした。手が止まりそうになるのを、時間の制約に押し戻されながら、粛々と詰めていきます。
そして、いよいよ全オリコンを車への積み込み——ここからが二日目の本番です。ご家族が事前に「玄関先まで運びましょうか」とお申し出くださいましたが、本の入ったオリコンは一箱で15〜20kgあります。ご家族の負担にならないようにと、店主が一人で書斎から玄関、玄関から車まで、一箱ずつ運ばせていただきました。
本を積み込む段階で、真夏の35℃はやはり体にこたえます。汗が背中を伝って落ちていくのを感じながら、それでもオリコンを丁寧に、車の中で崩れないように積み重ねていく。雨の日の廿日市市の搬出のときは、本を濡らさないことに神経を使いましたが、真夏の搬出は本を高温にさらす時間を最短にすることに神経を使います。積み込みが終わったら、すぐにエアコン全開で車を発進——書棚から車まで、車から事務所まで、本にとってできるだけ穏やかな環境を保ってあげるのが、真夏の出張買取の作法です。
すべての積み込みが終わって、玄関先でご家族の方にお礼を申し上げました。「お父様の1200冊、責任を持ってお預かりして、必要としている読み手のもとへお繋ぎいたします」——そうお伝えすると、ご家族の方は静かに頭を下げてくださいました。二日間で計4時間ほどのお取引でしたが、店主にとっては、この夏の忘れがたい書棚のひとつとして、しっかりと胸に刻まれるものになりました。
コラム——「時間が少なくて、印象的なエピソードがないんです」
本記事を書くにあたって、店主は正直に告白しておきたいことがあります。本日のお宅では、時間が本当に限られていて、ご家族との会話らしい会話は、ほとんどできませんでした。「よろしくお願いします」「はい、ではこちらに」「ありがとうございました」——ご挨拶と最低限の業務連絡で、二日間の作業がほぼ完了しました。
ブログ記事を書く古本屋として、正直、「印象的なエピソードがない」ということに、少しだけ書き手として困りました。当店のブログの多くは、お客様との会話や、ご家族の心遣いや、天候・移動シーンに絡めた小さな物語で編み上げてきましたが、今回はそういった「見せどころ」の素材が、ほとんどないのです。
でも、書棚を眺めているうちに、店主は気づきました——「エピソードがない、というより、蔵書そのものがエピソードなんだ」と。1200冊の背表紙が、一冊ずつ、その方の生き方を語ってくれている。キュンクを日本語で読み、アームストロングで一神教三兄弟を俯瞰し、井筒俊彦でその意味論的構造に向かい、E.P.サンダースでパウロ研究の最前線に触れる——お父様が定年後に組み上げてこられた「読書の航海図」が、本棚に、そのまま残されていた。
ご家族の方から一言だけ伺ったのが、「父は、昔から気になるととことん突き詰める性格で、普通に会社を定年してから、これを集め始めた(勉強し始めた)みたいで」——というお言葉でした。
この一言だけで、店主にはお父様の後半生が、はっきりと見えるように感じました。定年後、独りで、宗教学の第一級学術書を、一冊ずつ買い集め、読み進めていかれたお父様。会社を勤め上げて、家族を育て上げて、そこから始まる「もう一つの人生」を、キリスト教から始めて、ユダヤ・イスラームへ、そして井筒俊彦を経由して東洋の意味論へ、と広げていかれた。その道のりが、この1200冊の中に、そのまま静かに畳み込まれていたのです。
コラム——故人となられた著者たちへの追悼
本日の蔵書の中で、すでに故人となられた著者・翻訳者・編著者の方が何人もいらっしゃいます。20年古本屋を続けていると、蔵書を読み解くとき、著者の生没年もまた一つの文脈になります。
- ハンス・キュンク(Hans Küng, 1928-2021)——スイス出身のカトリック神学者。第二バチカン公会議に理論家として関わり、後に「教皇不可謬性」を批判して教皇庁と対立。晩年まで「世界倫理宣言」の推進者として活動。93歳で永眠。
- E.P.サンダース(Ed Parish Sanders, 1937-2022)——アメリカの新約学者。1977年の『パウロとパレスチナ・ユダヤ教』で、それまでのプロテスタント神学のパウロ理解を根本的に問い直す「新パースペクティブ」の先駆となる。84歳で永眠。
- ジョン・マックォーリー(John Macquarrie, 1919-2007)——スコットランド出身の神学者。ハイデガーとキリスト教神学の橋渡しに生涯を捧げる。88歳で永眠。
- アズィズ・S・アティヤ(Aziz Suryal Atiya, 1898-1988)——コプト・エジプト出身の東方キリスト教史学者。ユタ大学で東方キリスト教研究を確立。90歳で永眠。
- 井筒俊彦(1914-1993)——慶應義塾大学名誉教授。日本におけるイスラーム哲学・比較宗教学・意味論の草分け。78歳で永眠。
- C.ヴェスターマン(Claus Westermann, 1909-2000)——ドイツの旧約聖書学者。ハイデルベルク大学教授。90歳で永眠。
お父様の書棚は、これら20世紀後半から21世紀初頭にかけての世界の宗教学・神学の巨匠たちが、次々と鬼籍に入られていった時代と、時期を重ねて組み上げられていったのだと分かります。彼らの著作を日本語で読める形で残していただいたお父様の蔵書は、次の読み手にとって、そのまま20世紀後半から21世紀初頭の宗教学・神学の到達点を追体験できる「時代の証言」でもあります。
この蔵書は、これからどこへ行くのか
お預かりした1200冊は、事務所に戻ってから、店主が一冊ずつジャンル別に整理してまいります。時間はかかりますが、この規模の学術書は、丁寧に整理して、正しい次の読み手へお繋ぎしなければ意味がありません。
想定される次の読み手は、大きく三つの方向があります。
- 神学校・キリスト教系大学の学生・研究者——現代神学・聖書学・教会史の学術書として
- 比較宗教学・イスラーム研究・ユダヤ教研究の研究者——アームストロング・サンダース・市川裕・小林寧子・茅根由佳を必要としている大学院生・研究者へ
- お父様と同じような「独学の読者」——定年後に本気で宗教学を追いかけようとされている、次の世代の在野の読み手へ
特に三つ目——「お父様と同じような、独学の次の読み手」にお繋ぎできれば、これほど嬉しいことはありません。ある独学者の書棚が、次の独学者の書棚の出発点になる——古本屋という仕事が、時々担うことができる、静かで美しい役割です。
お知らせ——お父様のパイプ・書斎小物などについて
今回のお宅では、蔵書のみのお引き受けとなりましたが、当店では書斎の周辺物——万年筆、パイプ、栞、書見台、レターオープナー、ブックエンド、額装された聖書句、宗教関連の小物など——もあわせてお引き受け可能です。書斎の主が愛用されていた品々は、時にご家族にとっては手放しがたく、時にご家族にとっては置き場所に困る品々でもあります。「本と一緒に、書斎ごとお片付けしたい」というご要望も、遠慮なくご相談ください。
まとめ——独学の書棚1200冊、二日間、二回の熊野道路
- 2026年7月14日〜15日、広島市東区のお宅でお父様の遺品整理買取。ご家族の限られたご都合に合わせて、二日間・各2時間ずつの段取り
- 動線は呉市から国道375号線を北上、苗代から熊野道路経由で広島市東区へ。高速道路を使わない節約ルート——出張費無料の背景にある工夫の一つ
- 両日ともに車の外気温計は35℃、真夏日を通り越した猛暑日。真夏の出張買取は、雨の日と同じくらい神経を使う
- お預かりした蔵書は本棚6本分・約1200冊。キリスト教神学・聖書学・教会史・ユダヤ教・イスラーム研究・比較宗教学・言語哲学まで射程に含む、第一級ラインナップ
- ハンス・キュンク、カレン・アームストロング、E.P.サンダース、A.E.マクグラス、ジョン・マックォーリー、アズィズ・S・アティヤ、C.ヴェスターマン、市川裕、小林寧子、茅根由佳、そして井筒俊彦——20世紀後半から21世紀初頭の宗教学の巨匠たちが同居する書棚
- 買取できない本はゼロ——1200冊すべてが「読むために選ばれた本」だった。20年古本屋をやっていても、1000冊クラスで「無駄が一冊もない」書棚は、そうそうお目にかかれない
- ご家族の一言、「父は、昔から気になるととことん突き詰める性格で、普通に会社を定年してから、これを集め始めたみたいで」——この一言に、お父様の後半生の全てが畳み込まれていた
- 会話は少なかった。エピソードは少なかった。でも、蔵書そのものが、この上なく雄弁だった——「本が語る」タイプの書棚に、静かに向き合った二日間
- お預かりした1200冊は、これから事務所で丁寧にジャンル別整理をして、神学校・研究者・そして「次の独学者」のもとへお繋ぎしてまいります
広島市東区・広島市内全域・広島県全域で、キリスト教神学書・聖書学書・宗教学書・比較宗教学書・イスラーム関連書・ユダヤ教関連書・仏教書・思想書・哲学書・大学学術書などの蔵書整理をお考えの方は、ぜひ0120-273-707までお気軽にお電話ください。出張費・査定費すべて無料、時間の限られたご事情にも、二日・複数日に分けての柔軟な段取りでお応えいたします。創業20年・広島県古書籍商組合監査として、一冊一冊、責任を持って次の読み手へお繋ぎいたします。