2026年8月25日。この日お伺いしたのは呉市内遺品整理を少しずつ進めておられる中で、まず本を片づけたいというご依頼でした。

ご案内いただいたお部屋にあったのは本棚1つ。その本棚の本を1冊ずつ拝見して、買取可能なものをお譲りいただきました。そして残った本は、次回お引き取りにお伺いすることになりました。

お預かりしたのは書道関係と写真関係、あわせて33冊。冊数としては多くありませんが、中身にはっきりした方向のある本でした。とくに書道関係は、二玄社の法書シリーズがまとまっていました。

この記事でわかること
・2026年8月25日、呉市内・遺品整理の途中でお譲りいただいた書道関係・写真関係33冊の記録
二玄社『拡大法書選集』17冊(函入り)——「拡大」とは何を拡大したシリーズなのか
・巻番号1・2・5・6・7・8・11・12・13・14・15・26・27・28・42・43・44——端本でありながら、収録古典ごとには通しで残っていたこと
・シリーズものには「全部揃える方」と「参考にしたい巻だけの方」の二通りがいる——端本には端本の行き先があるという話
『拡大かな選集』高野切 第二種・第三種(グレーの函入り2冊)
上田桑鳩『書道入門』全4冊揃い(創元社/鑑賞篇・基礎篇・臨書篇・創作篇)
松井如流編『條幅扁額の研究』(二玄社)ほか書道関係4点
・写真関係6冊——土門拳『写真作法』『写真批評』(ダヴィッド社)、『木村伊兵衛の眼』重森弘淹『カメラ・アイ』ほか
・大型の書道書で当店が必ず見る状態のポイント(天の日焼け、背の退色、函)
・買取後にお伝えした「本棚に残った本は無料でお引き取りできます」——そのお電話と、来月初めのお約束

呉市内、遺品整理の途中でのお買取

遺品整理のご相談で、「まだ全部片づいていないのですが」とおっしゃるお客様は少なくありません。今回もそうでした。少しずつ進めておられる途中で、まずは本を片づけたい——というお話です。

当店は、片づけが終わっていない状態でお伺いすることに、まったく問題はないと考えています。むしろ、全部終わってからと決めてしまうと、そこで止まってしまうことがあります。

そして、「まず本から」という進め方は、むしろ理にかなっています。本は重くて、場所を取る。しかも自分で処分しようと思ったときにいちばん手間のかかるものです。先に本がなくなれば、部屋の中ははっきり広くなります。

今回、ご案内いただいたお部屋にあったのは本棚1つでした。その本棚の本を1冊ずつ拝見して、買取可能なものをお譲りいただきました。それが33冊です。

片づけの途中でも、お伺いします。
本棚1つ分からでも構いません。

この日の33冊は、書道関係が27冊、写真関係が6冊という内訳でした。以下、実際に拝見した本を順にご紹介します。書名と版元は、お預かりした本の背表紙と奥付で確認できたものだけを書いています

二玄社『拡大法書選集』17冊——「拡大」とは何を拡大したシリーズなのか

今回いちばんまとまっていたのが、二玄社『拡大法書選集』です。17冊、函入りでした。

呉市内でお譲りいただいた二玄社『拡大法書選集』17冊の背表紙が左から順に並んだところ。背の上部に巻番号を囲む四角い枠があり、1・2の集字聖教序、5の蘭亭叙 神龍半印本、6・7・8の九成宮醴泉銘、11・12・13の孔子廟堂碑、14・15の雁塔聖教序、26・27・28の顔勤礼碑、42・43の十七帖、44の書譜が続き、右端にグレーの函に入った『拡大かな選集』高野切 第二種・第三種が立っている
二玄社『拡大法書選集』17冊と、右端が『拡大かな選集』の高野切 第二種・第三種。背の上部にある四角い枠の中の数字が巻番号で、番号の飛びがそのまま「端本」であることを示しています

書道をなさらない方のために、少し説明させてください。「法書(ほうしょ)」とは、手本になる書のことです。古典の名筆を印刷にした本を、書道の世界では法書と呼びます。臨書——手本を見て書き写す稽古——をするときに、机の横に開いておく本です。

そして『拡大法書選集』の「拡大」は、その手本の文字を大きく印刷してあるという意味です。もとの碑や巻子の文字は、実物大に印刷すると小さくなってしまうものが多い。筆がどこで入って、どこで向きを変えて、どこで抜けたのか——その筆の運びを目で追うには、原寸では足りないのです。だから拡大する。読むための本ではなく、筆の動きを見るための本だということになります。

読むための本ではなく、
筆の動きを見るための本です。

そのため造本も、一般の書籍とは考え方が違います。判が大きく、開いたときにページが平らに近くなるように綴じてあり、そして函に入っています。稽古の場で開いたまま置かれる本ですから、そういう作りになるわけです。

巻番号は1・2・5・6・7・8・11・12・13・14・15・26・27・28・42・43・44——欠番のある「端本」でした

このシリーズは、背表紙の上部に四角い枠があり、その中に巻番号が入っています。今回お預かりした17冊の番号を、そのまま並べます。

お預かりした『拡大法書選集』(二玄社)17冊
1・2 集字聖教序 一・二(全二冊)
5 蘭亭叙——神龍半印本
6・7・8 九成宮醴泉銘 一・二・三(全三冊)
11・12・13 孔子廟堂碑 一・二・三(全三冊)
14・15 雁塔聖教序 一・二(全二冊)
26・27・28 顔勤礼碑 一・二・三(全三冊)
42・43 十七帖 一・二(全二冊)
44 書譜 一

ご覧のとおり、番号が飛んでいます。3・4がなく、9・10がなく、16から25までがない。シリーズ全体としては欠番のある「端本(はほん)」です。全集・揃いの評価については別記事に正直に書いていますが、端本は一般に、揃いより評価が下がります。

ただ、この束を並べたときに気づいたことがあります。収録されている古典ごとに見ると、通しで残っているのです。

集字聖教序は一・二の全二冊が揃っています。九成宮醴泉銘は一・二・三の全三冊。孔子廟堂碑も一・二・三。雁塔聖教序は一・二。顔勤礼碑は一・二・三。十七帖は一・二複数冊に分かれている古典が、どれも途中で切れていません

シリーズとしては端本。
でも、古典ごとには揃っていました。

これは、法書という本の性格を考えると意味のある残り方です。『拡大法書選集』はシリーズ全体を通読する本ではありません。臨書したい古典の巻を開く本です。ですから、その古典が一・二・三と分かれているなら、三冊とも要る。逆に、隣の番号の別の古典が無くても、いま向き合っている古典の稽古には差し支えません。

つまり「番号が飛んでいる」ことと、「使えない」ことは、このシリーズにおいては別の話だということです。当店が端本の法書をお引き受けしているのは、この理由からです。

シリーズものには「全部揃える方」と「必要な巻だけの方」がいます

これは『拡大法書選集』にかぎった話ではありません。二玄社の『書跡名品叢刊』のようなシリーズでも同じで、買われる方には二通りあります

ひとつは、シリーズを全部揃えたい方。
もうひとつは、参考にしたい巻だけを買う方です。

この二通りがあるということが、端本を扱ううえでいちばん大事なところです。

全巻揃いを探しておられる方から見れば、欠番のある束は候補になりません。番号が飛んでいる時点で、その方の目的には合わないからです。ここは正直に申し上げておきます。

けれども「顔勤礼碑の巻がほしい」という方にとっては、話がまったく違います。その方に必要なのはその古典の巻があるかどうかだけで、隣の番号が抜けていることは関係ありません。臨書する古典は一つずつですから、稽古の机の上に必要なのはその巻なのです。

ですから当店は、端本のシリーズものもお引き受けします。そして同時に、揃っていれば評価が変わることも隠しません。この二つは矛盾していません。買われる方が二通りいるということは、そのまま「端本には端本の行き先がある」という意味だからです。

逆に言えば、欠番があるからと処分してしまわないでいただきたい——これが当店からのお願いです。揃いの評価について正直に書いた記事でも触れていますが、揃いでないものが無価値になるわけではありません。まず全部拝見させてください

44『書譜 一』——この一冊だけ、続きがありませんでした

そのうえで、一冊だけ性格が違うものがありました。44『書譜 一』です。

「一」とあるのに、二以降がありませんでした。集字聖教序や九成宮醴泉銘のように通しで残っていた他の古典と違い、ここだけは途中で切れています。

こういうときは、そのまま「一のみ」として記録し、査定します

ちなみに『書譜』は、孫過庭の書として知られる草書の古典です。草書は、拡大すると印象がいちばん変わる書体だと思います。小さく印刷されていると「崩した字」に見えるものが、大きくすると筆がどこで止まって、どこで速くなったかまで見えてきます。拡大版の法書が作られる理由が、この書体ではとくにはっきり出ます。

『拡大かな選集』高野切 第二種・第三種——グレーの函に入った2冊

『拡大法書選集』の隣に、別のシリーズが2冊ありました。二玄社『拡大かな選集』高野切 第二種高野切 第三種です。それぞれグレー系の函に収まっていました。

こちらは「かな」のシリーズです。『拡大法書選集』が中国の古典(漢字)を扱うのに対して、こちらは日本のかな書の古典。高野切は、古今和歌集を写した平安時代の写本として、かな書を学ぶ方が必ず通る手本です。

この高野切には「第一種」「第二種」「第三種」という区分があり、それぞれ書き手の違いによって呼び分けられています。今回お預かりしたのは第二種と第三種の2冊でした。

お預かりした『拡大かな選集』(二玄社)2冊
拡大かな選集 二 高野切 第二種(函入り)
拡大かな選集 三 高野切 第三種(函入り)

同じ本棚に、漢字の法書とかなの法書が並んで置かれていた——という点だけは、記録しておきたい並びでした。漢字だけ、あるいはかなだけ、という揃え方をされる方もおられますので。

書道関係の入門書・研究書8冊——上田桑鳩『書道入門』全4冊揃い

法書とは別に、書道の入門書・研究書が8冊ありました。

呉市内でお譲りいただいた書道関係の入門書・研究書8冊を並べたところ。上田桑鳩『書道入門』の鑑賞篇・基礎篇・臨書篇・創作篇の4冊(創元社)、松井如流編『條幅扁額の研究』(二玄社)、『図説 書法用語詳解』(雄山閣)、酒井松濤『書法』(木耳社)、春名好重『書道百話』(淡交社)の背表紙と表紙が見えている
書道関係の入門書・研究書8冊。上田桑鳩『書道入門』(創元社)は鑑賞篇・基礎篇・臨書篇・創作篇の全4冊が揃っていました
お預かりした書道関係の入門書・研究書8冊
上田桑鳩『書道入門 鑑賞篇』(創元社)
上田桑鳩『書道入門 基礎篇』(創元社)
上田桑鳩『書道入門 臨書篇』(創元社)
上田桑鳩『書道入門 創作篇』(創元社)
松井如流編『條幅扁額の研究』(二玄社)
『図説 書法用語詳解』(雄山閣)
酒井松濤『書法』(木耳社)
春名好重『書道百話』(淡交社)

まず上田桑鳩『書道入門』(創元社)が全4冊揃いでした。鑑賞篇・基礎篇・臨書篇・創作篇の4冊です。

この4冊の並び方には、順番の意味があります。鑑賞——まず見る。基礎——筆の持ち方から始める。臨書——手本を写す。創作——自分で作品を書く。書道の稽古がたどる順序が、そのまま4冊に分けられているわけです。

そして、この4冊が揃っていることは、先ほどの『拡大法書選集』17冊とつながって見えます。『書道入門』の3冊目が臨書篇で、臨書のときに開く本が法書だからです。入門書で臨書の作法を読み、法書で古典の字を見る——この二種類の本が同じお宅にあったということになります。

残りの4冊も、それぞれ性格が違います。

松井如流編『條幅扁額の研究』(二玄社)條幅(じょうふく)は縦長の掛物、扁額(へんがく)は横長の額——つまり「作品として仕上げる形」を扱った本です。稽古で字を書けるようになったあと、それを掛けられる形にどうまとめるかという段階の本ということになります。

『図説 書法用語詳解』(雄山閣)は、書道の用語をひくための本です。書道の本は用語が独特で、しかも同じ字の書き方に複数の呼び名があることも珍しくありません。こういう本が一冊あると、他の本を読む速度が変わります。

酒井松濤『書法』(木耳社)春名好重『書道百話』(淡交社)。前者は書法そのものの本、後者は書道にまつわる話をまとめた読み物です。

入門書、用語辞典、作品としての仕上げ方、そして読み物——実技と、実技のまわりの知識が、両方そろっている構成でした。

写真関係6冊——土門拳、木村伊兵衛、細江英公、重森弘淹

もう一方の6冊は、写真関係です。

呉市内でお譲りいただいた写真関係6冊。左から『土門拳写真展 古寺巡礼』の図録、『木村伊兵衛の眼』(アサヒカメラ増刊・朝日新聞社)の黒い背表紙、『写真の見方』(とんぼの本・新潮社)の白い背表紙、土門拳『写真作法』(ダヴィッド社)の黒い背表紙、重森弘淹『カメラ・アイ』(日貿出版社)、土門拳『写真批評』(ダヴィッド社)が並んでいる
写真関係6冊。土門拳が3点、木村伊兵衛が1点、あとは写真の見方・写真批評についての本でした。背に日焼けが出ているものと、比較的軽いものが混ざっています
お預かりした写真関係6冊
『土門拳写真展 古寺巡礼』(写真展の図録)
『木村伊兵衛の眼』(アサヒカメラ増刊/朝日新聞社)
『写真の見方』(細江英公・澤本徳美/とんぼの本/新潮社)
土門拳『写真作法』(ダヴィッド社)
重森弘淹『カメラ・アイ——転形期の現代写真』(日貿出版社)
土門拳『写真批評』(ダヴィッド社)

6冊のうち3点が土門拳でした。『写真展 古寺巡礼』の図録、そしてダヴィッド社の『写真作法』『写真批評』

ここで一点だけ、性格の違いを書いておきます。『土門拳写真展 古寺巡礼』は写真展の図録です。図録は、その展覧会のために作られた印刷物で、一般の書店で売られる本とは流通のしかたが違います。当店が図録をお引き受けしているのは、会場でしか手に入らなかったものが多く、あとから探しにくいという性質があるためです。呉市で美術展の図録250冊をお譲りいただいた実例もございます。

そしてダヴィッド社の2冊——『写真作法』と『写真批評』は、写真集ではありません。土門拳が写真について書いた文章の本です。「作法」と「批評」という書名がそのまま示していますが、撮り方の本と、写真を評価する本ということになります。

『木村伊兵衛の眼』はアサヒカメラの増刊(朝日新聞社)でした。雑誌の増刊号という形の本です。『写真の見方』は新潮社「とんぼの本」で、細江英公・澤本徳美。とんぼの本は判が小さめで写真が多いシリーズです。重森弘淹『カメラ・アイ——転形期の現代写真』(日貿出版社)は写真評論。

この6冊を並べると、「撮られた写真」よりも「写真をどう見るか」の本が多いという並びでした。図録が1点あるほかは、写真作法・写真批評・写真の見方・写真評論です。書道の側でも、法書と入門書と用語辞典と作品の仕上げ方がそろっていた——ジャンルは違っても、実作と、それを見る目の両方に本を割いているという点は共通していました。

大型の書道書・写真書で、当店が必ず見る状態のポイント

ここからは査定の話です。書道の法書や写真の本は、一般の単行本と状態の出方が違います。今回の33冊を拝見しながら確認した点を挙げておきます。

大型の書道書・写真書で当店が見るところ
天(本の上端)の日焼けと埃——大型本は棚から出ている面が広く、ここに差が出ます
背の退色——とくに黒い背白い背は色の変化が見えやすい
函(箱)の有無と、函自体の状態
綴じの傷み——開いたまま置く本は、綴じに負担がかかります
本文の汚れ・書き込み——手本として使う本は、机の上で使われます
湿気による波打ち——判が大きいほど目立ちます

今回の状態を、正直に書きます。

写真関係6冊のほうに、日焼けが出ているものがありました。『土門拳写真展 古寺巡礼』は背に強い日焼けがあり、端も傷んでいました。重森弘淹『カメラ・アイ』は天に強い日焼けとシミ。土門拳『写真作法』は擦れ、『写真批評』は軽い日焼け。『木村伊兵衛の眼』は黒い背で軽い退色、『写真の見方』は白い背で軽い黄変

日焼けは元に戻りません。ここは他の傷みと決定的に違う点です。汚れなら拭けることもあり、破れなら補修の方法もありますが、紙が焼けて変わった色は、戻す手立てがありません本の保管と劣化について書いた記事で日焼けを最初に挙げているのは、この理由からです。

日焼けだけは、元に戻りません。
だから保管の話を、いつも最初にします。

いっぽう『拡大法書選集』17冊と高野切2冊は、函に入っていました。函があるかないかは、こういう本ではとくに大きく効きます。函は本体の天と小口を覆うので、日焼けと埃が本体に届きにくくなるのです。判が大きく重い本ほど、函の役割は大きくなります。

ですので、お客様にひとつだけお願いしたいことがあります。函は、できれば捨てずに残しておいてください。片づけをされているとき、函は「かさばる箱」に見えます。実際かさばります。ただ函は本の一部で、あとから同じものを用意することはできません。すでに処分されている場合は、そのままお持ちいただければ結構です。あくまで「もし残っていれば」というお願いです。

買取のあとにお伝えしていること——「本棚に残った本も、ご希望でしたら無料でお引き取りできます」

買取が終わったところで、当店は必ずこうお伝えしています。

「本棚に残った本も、ご希望でしたら
無料でお引き取りできますよ」

この日も、本棚に残った本について、同じようにお伝えしました。

なぜお伝えするのか。理由は単純です。買取にお値段がつく本と、つかない本は、必ず混ざるからです。そして値段がつかなかったほうを置いて帰ると、その分の処分の手間だけがお客様に残ります

本の処分は、思っているより手のかかる作業です。古紙回収に出すにも、束にして縛って、収集場所まで運ぶ必要があります。本は重く、しかも量が多いと一度では運べません。遺品整理の場面では、それがそのまま「まだ終わらない作業」として残ってしまいます

ですから当店は、買取と無料引き取りを、同じ一回の訪問の中でご案内するようにしています。なぜ無料で引き取れるのかについては別記事で説明していますので、そちらもご覧ください。

次の買取先へ向かう途中、お電話をいただきました

この日は買取が一件で終わりではなく、次の買取先へ向かっている途中でした。その道中に、お電話をいただきました。ご相談の内容は、本棚に残った本のことでした。

「やっぱり、残りもお引き取りお願いします」

——というお話でした。そのままご予約をいただき、来月初めに改めてお伺いすることになりました

こういう形になることは、実はよくあります。その場で即答をいただかなくても、まったく問題ありません。片づけの途中でしたら、残った本をどうするかは、あとから決めていただいて構わないのです。当店がその場でお伝えするのは「無料でお引き取りできます」という選択肢があること、それだけです。お返事は、いつでもけっこうです

今回は、その日のうちにお電話をいただきました。来月初めのお約束です

なお、無料引き取りにお伺いするときも、買取のときと同じように1冊ずつ拝見します。「無料引き取り」としてお預かりした束の中に、値段をお付けできる本が入っていることが、決して珍しくないからです。その場合はその分をきちんとお伝えします因島で遺品整理の無料引き取りにお伺いした実例もございます。

書道関係・写真関係で、当店が歓迎しているもの

今回のご縁もありますので、書道と写真の分野で当店がとくにお声がけいただきたいものを挙げておきます。

書道関係で歓迎しているもの
法書・拓本の複製シリーズ(二玄社『拡大法書選集』『拡大かな選集』『書跡名品叢刊』『原色法帖選』など。端本でも可
書道全集・書道大系などの大型全集(函入り・揃い)
書家の作品集・遺墨集
篆刻・印譜の本
書論・書道史の研究書書道の用語辞典・字典(五体字類、書道大字典など)
條幅・扁額・仮名書きなど、作品制作の技法書
書道雑誌のまとまり(年度単位・巻号連番)
写真関係で歓迎しているもの
写真家の作品集(土門拳・木村伊兵衛・細江英公・東松照明・森山大道ほか)
写真展の図録
写真評論・写真論の単行本
カメラ・レンズの技術書、機種別の解説書
写真雑誌のまとまり(アサヒカメラ・日本カメラなど。増刊号も含みます)
地域や街を記録した写真集(広島・呉の写真集もお声がけください)

法書のシリーズについて、もう一度書いておきます。端本でも構いません。買われる方に「全部揃えたい方」と「参考にしたい巻だけの方」の二通りがいるからです。番号が飛んでいるからと、ご自身で処分してしまわないでください

逆に、正直に申し上げておきます。水濡れやカビが広がっている束日焼けが本文まで進んで紙が茶色くなっているものは、金額としてお付けできないことが多いです。ただその場でお断りして終わりにはしません。同じ束の中に評価できる本が混ざっていることが本当によくあるので、必ず全部拝見してから仕分けします。そして値段がつかなかった分は、ご希望があればそのまま無料でお引き取りします。

FAQ:書道の本・写真の本の買取について、よくいただくご質問

Q1. 書道関係の本や法書のシリーズは、揃っていなくても買取してもらえますか?

はい、揃っていなくてもお持ちください。今回呉市内でお譲りいただいた二玄社『拡大法書選集』は、巻番号が1・2・5・6・7・8・11・12・13・14・15・26・27・28・42・43・44の17冊で、途中に欠番のある端本でした。それでもお引き受けしています。

理由は、このシリーズが一冊ごとに別の古典を収めた構成で、一冊単位で使える本だからです。たとえば九成宮醴泉銘を臨書したい方に必要なのは、その巻です。全巻が揃っていなければ意味がない、という性格の本ではありません

これは『拡大法書選集』にかぎった話ではなく、二玄社『書跡名品叢刊』のようなシリーズでも同じです。買われる方には、シリーズを全部揃えたい方と、参考にしたい巻だけを買う方の二通りがあります。全巻揃いを探しておられる方から見れば欠番のある束は候補になりませんが、「顔勤礼碑の巻がほしい」という方にとっては、その巻があるかどうかだけが問題で、隣の番号が抜けていることは関係ありません。ですから当店は端本のシリーズものもお引き受けします。買われる方が二通りいるということは、そのまま「端本には端本の行き先がある」という意味だからです

ただし、当店は「揃っていれば評価が変わる」ことも隠さずお伝えしています。同じ古典が複数冊に分かれている巻(一・二・三など)は、その古典の中で通しで揃っているほうが望ましい。今回は集字聖教序が一・二、九成宮醴泉銘が一・二・三、孔子廟堂碑が一・二・三、雁塔聖教序が一・二、顔勤礼碑が一・二・三、十七帖が一・二と、収録古典ごとには通しで残っていました。シリーズ全体としては端本でも、古典ごとには揃っている——という状態です。欠番があるからと処分してしまわず、まず全部拝見させてください。呉市・広島市・広島県全域、出張費無料でお伺いします。

Q2. 函(箱)は捨ててしまっても構いませんか?

捨てずに残しておいていただけると助かります。函は本体を保護する部品であると同時に、出版当時の付属物のひとつです。

とくに書道の法書・図録・全集のような大型で重い本は、函があるかないかで本体の傷み方が変わります。函に入っていた本は、天(上端)の日焼けや埃の付着、角の擦れが明らかに軽くなります。今回お譲りいただいた『拡大法書選集』17冊は函入りで、『拡大かな選集』の高野切 第二種・第三種もそれぞれ函に収まっていました。

函がなくてもお引き受けはいたしますので、すでに処分されている場合はそのままでお持ちいただいて構いません。あくまで「もし残っていれば一緒に」というお願いです。なお、函が湿気を吸ってやわらかくなっている場合は、無理に本体を押し込まず、そのままの状態で拝見させてください。本の部分の名前については本の各部の名称と査定の関係にまとめています。

Q3. 遺品整理で少しずつ片づけている途中でも、買取に来てもらえますか?

はい、途中の状態でお伺いしています。遺品整理は一日で終わる作業ではありませんし、全部片づいてからと考えると先に進みにくくなることがあります。

今回の呉市内のお宅も、少しずつ片づけておられる途中でのご依頼でした。その時点で出ている本を拝見して、買取可能なものをお譲りいただきました。

当店にご連絡いただく段階では、量と場所——何階か、本棚何本分か、段ボールや紐で縛った束が何束くらいか——だけお知らせいただければ十分です。ジャンルや書名を事前に調べていただく必要はありません。1冊ずつ拝見して仕分けいたします。段ボール1箱分でも、本棚1本分でも、まずお電話ください。呉市内は当店の事務所からお伺いしやすい地域で、出張費・査定費はいずれも無料です。遺品整理の流れは遺品整理での本の買取の流れにまとめています。

Q4. 買取にならなかった残りの本は、引き取ってもらえますか?

はい、ご希望であれば無料でお引き取りいたします。買取にお値段がつく本と、つかない本は、どうしても混ざります。

値段がつかないほうを「では残しておいてください」とお伝えして帰ってしまうと、お客様にはご自身で処分していただく手間だけが残ります。古紙回収に出すにも、束にして運び出す作業が発生します。ですので当店では、買取が終わった時点で「本棚に残った本もご希望でしたら無料でお引き取りできます」と必ずお伝えしています。

今回の呉市内のお宅でも同じようにお伝えし、その後、次の買取先へ向かっている途中でお電話をいただき、残った本もお引き取りするお約束になりました。改めてお伺いするのは来月初めです。買取と無料引き取りを一度で済ませることもできますし、今回のように日を分けることもできます。ご都合のよい形をお選びください。無料引き取りの仕組みについてはこちらの記事で説明しています。

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