2026年8月19日、水曜日。この日お伺いしたのは広島市南区、ご依頼はお父様の遺品整理です。
先日いただいたお電話の第一声は、こういうお話でした。
「歴史の単行本がたくさんあるのだけど、買取出来ますか」
——このお電話を受けて、まずお見積もりにお伺いしました。そして実際に拝見してみると、お話に出てこなかった蔵書が、全体の4割を占めていたのです。将棋でした。
この記事でわかること
・2026年8月19日、広島市南区・お父様の遺品整理でハイエース1台分をお預かりした記録
・お電話では「歴史の本」だったのに、伺うと将棋関係4割・歴史関係6割だった理由
・1階は紐で縛った状態、2階は本棚4本——見積もり時に確認した蔵書の置かれ方
・当日、2階の本まで全部縛って1階の踊り場に降ろしてくださっていたご家族の心遣い
・所司和晴『東大将棋ブックス 四間飛車道場』全16巻揃い——1巻ごとに対策が違うシリーズの構造
・『三間飛車道場』全3巻揃い・『中飛車道場』全4巻揃い——振り飛車3戦法が完全に揃っていたこと
・米長邦雄『米長の将棋』全6巻揃い(MYCOM)
・河出書房新社「最強将棋塾」——羽生善治・森内俊之・佐藤康光・谷川浩司の『戦いの絶対感覚』
・歴史関係6割については、正直に書いています(司馬遼太郎・藤沢周平の文庫・単行本)
・積み込み30分ちょっと、冷たいお茶、そして「実は隣の倉庫にも本があるんだけど」
お電話は「歴史の本」——見積もりに伺って分かった、もうひとつの4割
お電話でご依頼の内容を伺うとき、当店は「どんなご本が、どれくらい、どこにありますか」を必ずお聞きします。車のサイズと、当日にかかる時間を見立てるためです。
このときのお答えは「歴史の単行本がたくさん」。歴史書はまとまるとかなりの重量になりますから、それだけでもハイエースで伺う判断になります。ただ、お電話だけで量の見当をつけるのは難しい——「たくさん」が何冊なのかは、人によって十倍違うのが正直なところです。そこで、まずお見積もりにお伺いすることにしました。
伺って拝見した蔵書の置かれ方は、こうでした。
見積もり時に確認した蔵書の状況
・1階——すでに紐で縛った状態で用意されていた
・2階——本棚4本に本が入ったまま
・ジャンルの内訳——将棋関係が約4割、歴史関係が約6割
ご家族が「歴史の本」とおっしゃったのは、まったく無理のないことでした。1階に降ろして縛ってあったのが歴史の本だったのです。日常的に目に入る場所にあり、量もはっきり見えている。だから「歴史の単行本がたくさん」というご説明になる。
いっぽう2階の本棚4本に収まっていたのが、将棋の本でした。本棚に背表紙を向けて並んでいる状態で、しかも将棋の定跡書というのは背表紙が細くて、書名の字も小さいものが多い。ご家族が「これは将棋の本が◯冊」と把握しておられなかったのは、当然のことだと思います。
遺品整理では、ご家族が把握している蔵書と、
実際の蔵書がずれることがよくあります。
だから、電話で正確に説明できなくてもまったく問題ありません。
これは20年やってきて何度も経験していることです。「本人しか開けていなかった棚」というのが、たいていどのお宅にもあります。ご家族が知っている蔵書は、居間や廊下といった共有の場所にあった本。個人の部屋や2階の棚は、亡くなられてからご家族が初めてじっくり見る——というお宅が、決して珍しくありません。
ですから当店は、お電話の段階でジャンルの内訳を正確に教えていただく必要はまったくないと考えています。必要なのは「量」と「場所」だけです。何階にあるか、本棚何本分か、縛った束が何束あるか。それが分かれば車と時間の手配ができます。中身は、こちらが1冊ずつ拝見します。
この日は「将棋関係も歴史関係も、どちらも買取可能です」とお伝えして、後日改めてお伺いする日をお約束しました。それが8月19日、本日です。
到着すると——2階の本まで、全部縛って降ろしてくださっていました
当日、お約束の時間にお伺いしました。玄関を開けていただいて、思わず声が出ました。
2階の本棚4本分にあった本が、全部紐で縛られていたのです。しかも、ただ縛ってあるだけではありません。1階の踊り場に、こちらがそのまま積み込める形で並べてくださっていました。
ありがたいことに、2階にあった本も全部紐で縛ってあり、
1階の踊り場に積み込めるよう準備して頂いてました。
——これがどれだけありがたいことか、少し説明させてください。
2階からの搬出は、古書買取でいちばん体力を使う作業です。本棚から本を出し、束にまとめ、階段を降りる。この「階段を降りる」がとにかく効きます。本は見た目より重く、しかも重心が動きます。1回で運ぶ量を欲張ると足元が見えなくなるので、20年やっていても階段だけは慎重に、少しずつ、何往復もします。真夏の買取は時間帯を選んでお伺いしているのも、この作業が体温を一気に上げるからです。
それを、ご家族が前もって全部済ませてくださっていた。しかも縛り方も丁寧で、束の大きさが揃っていて持ちやすい。踊り場から玄関、玄関から車——あとは平面を運ぶだけの状態になっていました。
結果、ハイエース1台分の積み込みが、30分ちょっとで完了しました。2階の本棚4本分を含む量です。本来なら、階段の往復だけで1時間以上かかっていたはずの現場でした。
この「縛って降ろしておいてくださる」段取りは、以前呉市でも同じようにご準備いただいたことがあり、そのときも本当に助かりました。もっとも、お客様に必ずやっていただきたい作業ではありません。本棚にそのまま並んだ状態でも、当店がオリコン(折りたたみコンテナ)に詰めながら運び出します。無理のない範囲でご協力いただければ十分で、まったく縛っていない状態でもお伺いします。ご高齢の方が階段で本を運ばれるのは、こちらとしてはむしろ心配です。
そして荷を運びながら、束の背表紙が目に入ってきます。2階の本棚4本に入っていたのは、想像していた以上に本気の将棋の棚でした。
東大将棋ブックス『四間飛車道場』全16巻揃い——1巻ごとに「対策」が違うシリーズ
まず目を引いたのが、青い背表紙が縦にずらりと並んだ束です。所司和晴『東大将棋ブックス 四間飛車道場』——版元はMYCOM(毎日コミュニケーションズ)。
そして、これが全16巻揃いでした。
将棋を指されない方には、「四間飛車の本が16冊もあるのか」と不思議に思われるかもしれません。同じ戦法の本が、なぜ16冊にもなるのか。
答えは、このシリーズが「戦法」ではなく「対策」で巻を分けていることにあります。今回お預かりした束から、実際に確認できた巻を並べてみます。
『四間飛車道場』——巻ごとに扱う「対策」が違う
・第2巻——急戦4五歩
・第3巻——左4六銀
・第5巻——棒銀
・第7巻——プロの研究
・第8巻——右四間飛車
・第9巻——持久戦VS穴熊
・第12巻——藤井システム(上)
・第14巻——藤井システム(下)
……ほか、全16巻揃い
四間飛車という戦法は、自分の飛車を左から4筋目に振る指し方です。振り飛車のなかでもっとも人気があり、アマチュアの愛用者がとにかく多い。ところが相手の出方が一通りではないのです。
急いで攻めてくる相手(急戦)もいる。じっくり囲ってから来る相手(持久戦)もいる。銀をまっすぐ前に出して攻めてくる棒銀もあれば、玉を固く囲い込む穴熊に組んでくる相手もいる。そして相手が右四間飛車で来ることもある。
四間飛車を指す人は、そのすべてに答えを持っていなければならない——これが、このシリーズが16巻になった理由です。第5巻の「棒銀」を読んでも、穴熊に組まれたら第9巻が必要になる。つまり16冊は「同じ本の重複」ではなく、16通りの局面に対する16の解答なのです。
途中の巻が抜けている束は、
その抜けた対策のところで使えなくなってしまう。
だから全16巻が揃っていることに、単巻の合計を超える意味があります。
そして第12巻・第14巻の「藤井システム」——これは上下2巻構成で扱われています。藤井システムは藤井猛九段が完成させた四間飛車の攻撃的な指し方で、1990年代後半のプロ将棋を大きく動かした戦法です。玉を囲わずに攻めるという常識外れの発想で、当時これに対応できない相手が続出しました。それを上下巻に分けて解説しているあたりに、このシリーズの扱う情報量が表れています。
古書としての目線で言えば、定跡書は「絶版になっても内容が古びにくい」ジャンルです。ソフト研究が進んで評価が変わる部分はもちろんありますが、「この戦法をどう指すか」の骨組みは残る。そして何より、いまその戦法を指している人にとって、代わりの本がないのです。だから後追いで探される。当店が将棋の定跡書を積極的にお預かりしているのは、こういう理由です。
『三間飛車道場』全3巻・『中飛車道場』全4巻——振り飛車3戦法が完全に揃っていました
そして、この棚の本気度がはっきりしたのが次でした。同じ「道場」シリーズが、四間飛車だけではなかったのです。
東大将棋ブックス「道場」シリーズ——3戦法すべて揃い
・四間飛車道場 全16巻揃い
・三間飛車道場 全3巻揃い
・中飛車道場 全4巻揃い
四間飛車・三間飛車・中飛車——これは振り飛車の主要3戦法です。飛車を振る位置が、4筋か、3筋か、5筋(中央)か。振り飛車を指す人が通る道の、ほぼ全部がここに揃っていました。
『三間飛車道場』には帯が残っていて、こう書かれていました。
「急戦策を徹底解説 分かりやすい駒組みがポイント」
帯が残っているというのは、古書としてありがたいことです。帯は読むときに邪魔になるので外されてしまうことが多く、本体は無事でも帯だけ失われている本が本当に多い。揃い物の評価について正直に書いた記事でも触れましたが、帯付きかどうかは評価に関わってきます。
3戦法が揃っているということは、「四間飛車が好きだった」で終わらない読み方をされていたということです。振り飛車という指し方そのものを、体系として押さえておられた。2階の本棚4本というのは、そういう蔵書だったわけです。
米長邦雄『米長の将棋』全6巻揃い——そして『手筋の達人』
別の束を持ち上げると、今度は色とりどりの背表紙が現れました。オレンジ、紫、緑、黄、青——米長邦雄『米長の将棋』(MYCOM)です。
こちらも全6巻揃い。1・2・3・4・5・6と、巻数がすべて揃っていました。
米長邦雄永世棋聖(1943-2012)——「さわやか流」と呼ばれた棋風で知られ、1993年に50歳で初の名人を獲得された方です。のちに日本将棋連盟の会長も務められました。2012年に亡くなられて以降、その著作は新刊での再版が難しくなっており、古書として探される機会が増えています。
そして束の一番上に載っていたのが、シリーズ外の1冊——武者野勝巳『手筋の達人』(週刊将棋編・MYCOM)。「手筋」というのは、局面ごとの駒の使い方の定石のようなもので、定跡(序盤の指し手の順序)とはまた別の技術です。
ここで、この棚の作りが見えてきます。定跡書(戦法の順序)と手筋書(駒の使い方)の両方が揃っている。これは実際に指す人の揃え方です。観るだけの人は定跡書を16巻買いません。手筋の本も買いません。
所司和晴『仕掛け大全』3冊——居飛車編・四間飛車編・振り飛車編
『米長の将棋』の束の下に横積みになっていたのが、所司和晴『仕掛け大全』(MYCOM)の3冊です。
所司和晴『仕掛け大全』(MYCOM)
・居飛車編
・四間飛車編
・振り飛車編
「仕掛け」というのは、序盤の駒組みが終わって最初に戦いを起こす一手のことです。将棋というのは、お互いが駒を組み上げるあいだは静かで、ある瞬間に誰かが歩を突き捨てたり銀をぶつけたりして戦いが始まる。その「始まりの一手」だけを集めて体系化したのが、この『仕掛け大全』です。
『四間飛車道場』の著者と同じ所司和晴七段の本で、しかも今回「道場」シリーズと『仕掛け大全』の両方が揃っていた——同じ著者の別シリーズを追いかけておられたことになります。所司七段は定跡研究の体系化で知られる棋士で、いわば「将棋の定跡を辞書のように整理する仕事」を続けてこられた方です。その本をシリーズで揃えるというのは、感覚で指すのではなく、体系で理解しようとする姿勢だと思います。
河出書房新社「最強将棋塾」——羽生・森内・佐藤・谷川、四人の『戦いの絶対感覚』
そして、束の中に一群だけ判の大きい単行本が混じっていました。黒い背表紙に白抜きの太い書名——河出書房新社「最強将棋塾」シリーズです。
河出書房新社「最強将棋塾」シリーズ 6冊
・羽生善治『戦いの絶対感覚』——表紙に「羽生善治、『マジックのロジック』を語る。」
・森内俊之『戦いの絶対感覚』——「読みと感覚を鍛える」
・佐藤康光『戦いの絶対感覚』
・谷川浩司『戦いの絶対感覚』——「光速の寄せはこうして生まれる」
・谷川浩司『将棋・新理論』——「すべての駒を生かす発想法」
・島朗『読みの技法』
この並びを見て、思わず手が止まりました。『戦いの絶対感覚』が、羽生善治・森内俊之・佐藤康光・谷川浩司の4冊揃っているのです。
この4人が誰か、少し補足させてください。羽生善治——七冠を達成し、永世七冠の資格を持つ方。谷川浩司——21歳で名人となり、「光速の寄せ」で知られる方。森内俊之——十八世名人。佐藤康光——永世棋聖で、独創的な指し手から「緻密流」と呼ばれた方。
つまり1990年代から2000年代の将棋界の中心にいた4人です。その4人が同じ判・同じ書名で「戦いの絶対感覚」を語る——同じ問いに、4人の第一人者が別々に答えているシリーズなのです。
定跡書は「この局面はこう指す」を教える本。
『戦いの絶対感覚』は「なぜそう指すのか」を語る本。
4冊揃っているというのは、答えを4通り聞きに行ったということです。
谷川浩司の一冊には「光速の寄せはこうして生まれる」という言葉が入っていました。「光速の寄せ」は谷川九段の代名詞そのもので、終盤で相手の玉を一気に詰めきる速度を指した言葉です。その本人が「こうして生まれる」と説明する——読み手としては、これは開かずにいられない一冊でしょう。
羽生善治の表紙にあった「羽生善治、『マジックのロジック』を語る。」という一行も印象的でした。羽生九段の指し手は、しばしば「マジック」と表現されます。人間の読みでは追いつかないような手が出てくる。その「マジック」を「ロジック」として説明するという予告になっているわけです。
そして島朗『読みの技法』——島朗九段が主宰した「島研」という研究会には、羽生善治・森内俊之・佐藤康光という当時の若手が集まっていました。のちに将棋界の中心になる面々を、若い時期に一つの部屋に集めていた研究会です。その主宰者が「読み」の方法論を書いた本が、同じ棚に並んでいる。『戦いの絶対感覚』の3人と、その3人を集めた人の本が、同じ本棚に入っていた——偶然ではなく、関係を分かって集めておられたのだと思います。
振り飛車の対策本と、藤井猛・青野照市・近藤正和
将棋の束には、シリーズ物以外にも定跡書がまとまって入っていました。
そのほかの定跡書(MYCOM中心)
・藤井猛『四間飛車破り 急戦』
・近藤正和『ゴキゲン中飛車戦法』
・近藤正和『新ゴキゲン中飛車戦法』
・青野照市『鷺宮定跡 過去と未来』
・青野照市『新・鷺宮定跡』
・勝又清和『消えた戦法の謎』
・高野秀行による四間飛車VS急戦の定跡再点検の一冊
・松本佳介による振り飛車破りの一冊
ここでひとつ、面白いことに気づきました。藤井猛『四間飛車破り 急戦』——「破り」です。
この棚の主は、四間飛車の道場シリーズを全16巻揃えておられました。つまり四間飛車を指す側の本です。ところが同時に、四間飛車を「破る」側の本も持っておられた。しかも藤井システムの創始者である藤井猛九段が書いた「破り方」の本を。
これは、将棋を本気で指す方の必然だと思います。自分の戦法の弱点を、相手の目で確認しておく。相手がどう攻めてくるかを知らなければ、守り方も分かりません。青野照市『鷺宮定跡』2冊も同じ性格で、鷺宮定跡は振り飛車を居飛車側から攻略する体系です。
そして近藤正和『ゴキゲン中飛車戦法』と『新ゴキゲン中飛車戦法』——ゴキゲン中飛車は近藤正和七段が指し始めた中飛車の一種で、その独特な名前ごと定着した戦法です。創始者による本が、旧版と新版の両方ありました。
勝又清和『消えた戦法の謎』という一冊も入っていました。これは面白い性格の本で、かつて流行して、いま指されなくなった戦法を追いかける内容です。定跡書が「これから指す本」だとすれば、こちらは「なぜ指されなくなったのかを検証する本」。将棋史の資料に近い立ち位置です。
指す本、破る本、そして消えた戦法を検証する本。
この3種類が同じ棚にあるというのは、
戦法を「勝つ道具」としてだけでなく、
歴史として見ておられたということだと思います。
歴史関係6割——司馬遼太郎、藤沢周平。正直に書いておきます
さて、ここまで将棋のことばかり書いてきました。最初のお電話は「歴史の本がたくさんある」というご相談だったのに、です。
数の上では、歴史関係が6割、将棋関係が4割。量としては歴史関係のほうが多かったのです。ただ——ここは正直に書かせてください。
歴史関係の中身は、司馬遼太郎、藤沢周平を中心とした歴史小説・時代小説でした。文庫と単行本が混ざり、そこに歴史関係の読み物が加わる構成です。
この2人は、日本の歴史小説・時代小説を代表する作家です。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』『坂の上の雲』、藤沢周平の市井もの・武家もの——読み物としての価値は、いまも全く落ちていません。実際に読んで面白い本ばかりです。
ただ古本の相場という一点だけで言えば、この2人の作品は非常に多く流通しています。ベストセラー作家の本は、たくさん刷られ、たくさん読まれ、たくさん古本市場に出てきます。「よく売れた本ほど、古本としての希少性は下がる」——これは残酷な話ですが、古書の世界の基本的な仕組みです。
面白い本かどうかと、
古本として値が付くかどうかは、
残念ながら別の話です。
ですので今回、金額の中心をつくったのは、数で少ないほうの将棋関係4割でした。『四間飛車道場』全16巻揃い、『三間飛車道場』全3巻揃い、『中飛車道場』全4巻揃い、『米長の将棋』全6巻揃い——この「揃い」の積み重ねが、そのまま評価になっています。
こういう「ご相談内容と、実際に評価の中心になったジャンルが違う」という逆転は、当店ではよく起こります。だからこそ、お電話の内容だけで「では歴史小説の量で」と判断してしまってはいけないのです。見積もりに伺って、実際に棚を見せていただかないと分かりません。
もし当店が「歴史小説がたくさんあるお宅」という前提のまま、棚を見ずに数だけで話を進めていたら——この将棋の4割を見落としていたことになります。同じような本でも査定額が変わる理由については別記事にまとめていますが、今回はまさに「何が値打ちなのか、伺って初めて分かった」例でした。
30分ちょっとで積み込み完了——そして「実は隣の倉庫にも」
お話ししたとおり、2階の本まで全部紐で縛って、1階の踊り場に降ろしてくださっていました。この状態から先の作業は、ほとんど運ぶだけです。
踊り場から玄関、玄関からハイエースの荷室へ。縛った束は形が崩れないので、荷室の中で積み上げても倒れません。紐で縛った本の束というのは、実は段ボールに詰めた本より積みやすいことがあります。箱の厚みがないので、荷室の容積をそのまま本の量に使えるからです。
結果、30分ちょっとで積み込み完了。ハイエースの荷室いっぱいになりました。
通常、この量——2階の本棚4本ぶんと1階の本——を当店だけで運び出すとなると、2階から1階へ降ろす工程だけで1時間以上かかります。階段の上り下りは、本の運搬でいちばん時間と体力を使う部分です。それが完全に終わっていました。
お支払いを済ませたあと、冷たいお茶をいただきました。8月の広島市南区、真夏です。荷室に本を詰め終わったあとの一杯というのは、正直に言って、こたえます。ありがたく頂戴しました。
暑い時期の出張買取については夏の出張買取と熱中症対策の記事にも書きましたが、こうしてお気遣いいただくたびに、この仕事を続けていられるのだなと思います。
そして——お茶をいただきながらのお話の中で、こう言われました。
「実は隣の倉庫にも本があるんだけど」
お聞きすると、まだ整理を進めておられる途中ということでした。今日お譲りいただいたのは、家の中の本。倉庫のほうはまだ手をつけられていない、と。
こういうとき、当店はその場で「見せてください」とは申し上げません。今日の分の積み込みが終わったところで、お客様も一区切りついておられます。整理というのは、ご遺族にとって気力を使う作業です。お父様の遺品を、一つずつ「これは残す」「これは託す」と決めていく作業なのですから。
ですので、こうお伝えして終わりました。「整理が終わったら、また遠慮なくお電話ください」と。
急がなくていいのです。本は、来週でも来月でも、ちゃんと本のまま待っています。ただ一点だけお願いするなら、湿気の多い場所と、直射日光の当たる場所は避けていただきたいということ。倉庫の本は、環境によって状態が変わりやすいので、そこだけは早めに見ておいていただけると安心です(本の保管と劣化については別記事にまとめています)。
呉市安浦町でのお宅の片付け買取のときも同じでしたが、「一度で全部」でなくていいのです。1回目で信頼していただけたら、2回目のお電話をいただける。それがいちばん健全な形だと思っています。
将棋・囲碁関係で、当店が歓迎しているもの
今回のご縁もあり、将棋関係で当店がとくにお声がけいただきたいものを挙げておきます。
将棋・囲碁関係で歓迎しているもの
・戦法別の定跡書シリーズ(東大将棋ブックス、最強将棋塾、将棋連盟の定跡書など。とくに揃い)
・棋士別の著作(大山康晴・升田幸三・中原誠・米長邦雄・谷川浩司・羽生善治ほか)
・棋書の函入り・全集もの(『大山康晴全集』などの全集類)
・詰将棋・手筋の専門書
・将棋世界・近代将棋などの雑誌のまとまり(年度単位・巻号連番)
・囲碁の定石書・棋士著作(呉清源・坂田栄男・趙治勲ほか)
・将棋史・囲碁史の資料本、観戦記、対局記録
逆に、正直に申し上げておくと——入門書だけ数冊、雑誌の付録だけ、水濡れやカビが広がっている束は、金額としてお付けできないことが多いです。ただその場でお断りして終わりにはしません。同じ束の中に評価できる本が混ざっていることが本当によくあるので、必ず全部拝見してから仕分けします。今回の「歴史の本」というお話が実は将棋4割だった、というのがまさにその例です。
囲碁・将棋関係では福山市で囲碁・将棋の本とジャズCDをお譲りいただいた実例もございます。あわせてご覧ください。
FAQ:将棋の本の買取について、よくいただくご質問
Q1. 将棋の定跡書は古本として買取してもらえますか?
はい、将棋の定跡書は当店が力を入れてお引き受けしているジャンルです。定跡書は「その戦法を指す人」にとって代わりの利かない実用書で、絶版になっていても内容が古びません。とくにMYCOM(毎日コミュニケーションズ)の東大将棋ブックス「道場」シリーズ、河出書房新社の「最強将棋塾」シリーズのような戦法別・棋士別に編まれたシリーズは、同じ戦法を研究している方が後追いで揃えようとするため、継続的に引き合いがあります。
今回の広島市南区のお宅では、所司和晴『四間飛車道場』全16巻揃い・『三間飛車道場』全3巻揃い・『中飛車道場』全4巻揃い、米長邦雄『米長の将棋』全6巻揃いをお預かりしました。単行本1冊からでも拝見しますが、書棚1本・紐で縛った束が何束かある状態であれば、出張買取でお伺いするほうがお客様のご負担が少なく済みます。広島市南区・広島市全域はもちろん、呉市・東広島市・廿日市市・福山市など広島県全域に出張費無料でお伺いします。
Q2. 将棋の本は「揃い」だと評価が変わりますか?
はい、将棋の定跡書は揃いかどうかで評価が大きく変わるジャンルです。理由は、シリーズが「戦法の対策ごと」に巻を分けて編まれているためです。
たとえば東大将棋ブックス『四間飛車道場』は、第5巻が棒銀、第9巻が持久戦VS穴熊、第12巻・第14巻が藤井システムの上下巻——といったように、1巻ごとに扱う対策が違います。四間飛車を本気で指す方は「棒銀で来られたとき」「穴熊に組まれたとき」の両方を知る必要があるため、シリーズを通しで欲しがられます。
逆に言えば、途中の巻が抜けている束は、その抜けた対策のところで使えなくなってしまう。だからこそ全16巻が揃った状態には、単巻の合計を上回る価値が生まれます。今回は『三間飛車道場』全3巻・『中飛車道場』全4巻も揃いで、振り飛車の主要3戦法の道場シリーズが完全に揃っていました。揃いの価値については全集・揃いの評価について正直に書いた記事もご覧ください。
Q3. 亡くなった父の本を整理したいのですが、ジャンルがよく分かりません。それでも依頼できますか?
はい、まったく問題ございません。遺品整理のご依頼では「ご家族が把握している蔵書」と「実際の蔵書」が食い違うことがよくあります。
今回のご依頼も、お電話では「歴史の単行本がたくさんあるのだけど買取できますか」というお話でしたが、実際にお伺いすると将棋関係が全体の4割を占めていました。ご家族が普段目にしていた1階には歴史の本が積まれていて、2階の本棚に将棋の定跡書がまとまっていた——という並びだったためです。
ジャンルの内訳を事前に正確にお伝えいただく必要はまったくありません。「歴史の本が多いと思います」というくらいの大まかなお申し出で十分です。当店では1冊ずつ拝見しながら仕分けいたしますので、量と場所(何階か、本棚何本分か、紐で縛った束が何束か)だけお知らせいただければ、車の手配とお時間の見積もりができます。遺品整理の流れは遺品整理の本の買取の流れにまとめています。
Q4. 本を紐で縛っておいたほうがいいですか?そのままでも大丈夫ですか?
どちらでも大丈夫です。本棚にそのまま並んだ状態でも、当店が折りたたみコンテナ(オリコン)に詰めながら運び出しますので、お客様に事前の作業をしていただく必要はございません。
ただ、今回のお客様のように紐で縛って1階に降ろしておいてくださると、積み込みが格段に速くなります。今回は2階の本棚4本分を含むハイエース1台分を、30分ちょっとで積み終えることができました。
もし縛っていただける場合のコツは、10冊前後の少なめの束にすること、背表紙の向きを揃えること、そして紐を強く締めすぎないことです。強く締めすぎると表紙に縛り跡がついて、本の状態が下がってしまいます。無理のない範囲でご協力いただければ十分で、まったく縛っていない状態でもお伺いいたします。