この記事の概要
2026年6月5日(金曜日)、安芸高田市へ出張買取に伺ってまいりました。「ご実家に置いてある古い漫画雑誌等は買取出来ますか?」とお電話をいただき、呉店から東広島呉道路〜高屋〜向原〜新・向原吉田道路と山あいを抜けて、待ち合わせの道の駅「三矢の里 あきたかた」へ。所要およそ1時間半の道のりでした。
お客様のお宅は大きな農家のお屋敷で、ご蔵書は母屋ではなく納屋の棚に、縛ったり平置きで保管されていました。「もう捨てるつもりだったんだけど、買えるものがあるならお願い」とのことで選別を開始。80年代〜90年代前半の『ヤングマガジン』『ヤングジャンプ』『スーパージャンプ』等のコミック誌、『ハイパープレイステーション』『ファミ通Bros』等のゲーム雑誌、『non-no』『CanCam』等のファッション誌——あわせて約100冊をお譲りいただきました。
そして買取終了後、安芸高田市内にある同じ広島県古書籍商組合の同志「ふるほん三ツ矢」さんを訪問。コーヒーをごちそうになりながら同業の情報交換。毛利元就『三本の矢』の故事の地で、道の駅『三矢の里』のAAAロゴ、そして同業の『三ツ矢』さん——三重の「三本の矢」が交差した一日となりました。
こんにちは、広島県古書籍商組合加盟店・アッシュ書店です。本日2026年6月5日(金曜日)、安芸高田市へ出張買取に伺いました。前日2026年6月4日には広島市安芸区でコミック・雑誌約400kgのリピーター様買取がありましたから、当店としては2日連続の「雑誌中心」買取。出張先は変わっても、80〜90年代の雑誌文化を生きてこられたご家庭からの整理依頼が続くというのは、それ自体が古本屋としての時代の機微を感じさせます。
そして今日もう一つの特別なことは、買取そのものだけではありませんでした。買取終了後、当店と同じ広島県古書籍商組合の同志「ふるほん三ツ矢」さんが安芸高田市にいらっしゃるので、ご挨拶に伺いコーヒーをごちそうになってきたのです。古本屋同士の同業ネットワークの温かさを、改めて噛みしめた一日でした。
そして気づけば、本日の物語には「三本の矢」のモチーフが三重に折り重なっていました。安芸高田市は毛利元就の本拠地・郡山城があった地で、『三本の矢』の故事の生まれた里。待ち合わせ場所の道の駅「三矢の里 あきたかた」の看板には、三角形に組まれた三本の矢の「AAA」ロゴ。そして同業の「ふるほん三ツ矢」さん——お店の屋号にも「三ツ矢」。毛利元就が三人の息子に教えた「一本の矢は折れやすいが、三本まとめれば折れない」という伝説が、地名にも、施設にも、人にも、形を変えて受け継がれている街。本日のレポートは、その三本の矢の里での一日の記録です。
この記事でわかること
・安芸高田市での出張買取の当日の流れ(呉店から1時間半・道の駅 三矢の里 集合〜納屋での査定)
・母屋ではなく納屋のご蔵書、というケースの特徴と気をつけていること
・80〜90年代前半の雑誌類を「捨てるつもりだった」中から選別する視点
・入荷した雑誌の主要ラインナップ(ヤンマガ・ヤンジャン・スパジャン・ハイパープレステ・ファミ通Bros・ノンノ・キャンキャン)
・毛利元就「三本の矢」の里・安芸高田市と道の駅「三矢の里 あきたかた」のこと
・広島県古書籍商組合の同業「ふるほん三ツ矢」さん訪問・コーヒーをいただいて
第1章:「ご実家の納屋にある古い雑誌、買えますか?」——きっかけのお電話
始まりは1本のお電話でした。「安芸高田市の実家に置いてある古い漫画雑誌等は買取出来ますか?」というお問い合わせ。雑誌類だけのお問い合わせの場合、お客様としては「雑誌は本当に値段がつくのだろうか」というご不安を持たれていらっしゃることが多く、最初のお返事に当店も気を遣います。
当店の基本方針として、「コミック誌・ゲーム誌・ファッション誌等のバックナンバーであっても、80〜90年代のものは時代資料としての価値が見直されつつあり、捨てる前にぜひ一度見せていただきたい」とお返事しました。実際、近年の古書市場では80年代のサブカル誌・90年代のゲーム雑誌・90年代のファッション誌の評価が再び高まっており、状態の良いまとまった量が市場に出ること自体が少なくなっているのです。
お客様には「母屋ではなく納屋に置いてあって、もう本当に捨てるつもりだったんだけど」というご事情。「無理に値段をつける必要はなくて、買えるものがあるならお願い、というスタンスでいいですよ」とのこと。それならこちらでお伺いして、ご一緒に選別しながら査定するのが一番——とお伝えし、日程を調整して本日のお伺いとなりました。
第2章:呉店から東広島呉道路〜高屋〜向原〜新・向原吉田道路——約1時間半の道のり
安芸高田市は広島県の中央北部、呉市の店から見ると北西方向・約60kmのエリアです。本日のルートはこんな具合でした。
- 呉店 → 東広島呉道路(旧称・休山道路の続き、無料区間の自動車専用道路)
- 東広島呉道路から高屋へ抜けて、東広島市の北側を回り込む
- 高屋から向原方面へ。山あいの道を北上
- 向原から新・向原吉田道路——これは近年新しく整備された区間で、以前と比べて格段に走りやすくなりました
- 待ち合わせ場所の道の駅「三矢の里 あきたかた」に到着——所要およそ1時間半
東広島呉道路は無料の自動車専用道路として、呉から東広島市方面への所要時間を大きく短縮してくれます。さらに近年は新・向原吉田道路の整備が進んだことで、安芸高田市方面までのアクセスもスムーズに。広島県北部の出張買取は、以前は片道2時間以上かかることも珍しくありませんでしたが、今は1時間半前後で安芸高田市まで届くようになりました。
道中、車窓から見える景色は、東広島の文教地区から徐々に山あいの田園風景へ。向原を過ぎる頃には水を張ったばかりの田んぼと、芽吹いたばかりの稲が、6月初旬らしい青々とした景色を作っていました。毛利元就が「三本の矢」を子らに教えたと伝わる地へ向かう道。フロントガラスの向こうに広がる広島県北部の山々を眺めながら、自然と気持ちが落ち着いていきます。
第3章:道の駅「三矢の里 あきたかた」——AAAロゴと『三本の矢』の故事
道の駅「三矢の里 あきたかた」は、毛利元就の本拠・郡山城跡に近い場所に位置する、安芸高田市の観光・物産拠点です。施設名の「三矢」はもちろん、毛利元就の『三本の矢』の故事に由来します。
『三本の矢』のエピソードは——史実か後世の創作かについては諸説あるものの——毛利元就が病床から3人の息子(毛利隆元・吉川元春・小早川隆景)を呼び寄せ、まず一本の矢を渡して折らせ、次に三本まとめて渡して折らせようとしたが折れなかった、として「兄弟の結束の大切さ」を教えたという有名な逸話です。結束・団結・協力のメタファーとして、現代まで広く知られています。
道の駅の「AAA」ロゴは、「あきたかた(A・kitakata)」「あんしん(A・nshin)」「あんぜん(A・nzen)」など、頭文字のAをモチーフにしながら、図形そのものが三本の矢として読めるという、よく考えられたデザイン。地元の人にとっては毎日目にする見慣れた看板でしょうが、外から来た古本屋の目には、「地域の物語が、こうしてロゴ一つにも丁寧に織り込まれているのだな」と新鮮に映ります。
看板の前で写真を一枚撮らせていただいてから、お客様にお電話。「道の駅に着きました、ここから何分くらいでしょうか」「すぐそこです、5分かからずに行けますよ」——ご実家までは本当に目と鼻の先でした。
第4章:大きなお屋敷の「納屋」へ——母屋ではなく蔵書整理の現場
道の駅から数分、お客様のお宅へ到着。立派な造りの大きなお屋敷で、敷地内には母屋と離れと、そして納屋(なや)が並んでいます。安芸高田市らしい広い農家のお宅です。
お客様にご挨拶を済ませてから、案内されたのは母屋ではなく納屋でした。「こっちこっち、納屋の中にあるから」とお客様。納屋の引き戸を開けると、中には農具や箱類の合間に、棚が並び、古い雑誌・教科書・ノート類が縛られたり平置きで置かれた状態。長い年月、ここで静かに眠っていたご蔵書たちでした。
「納屋・倉庫」保管の本について
広島県北部の農家のお宅では、ご蔵書を母屋ではなく納屋や離れ・倉庫に長期保管されているケースをよく拝見します。湿度・温度の管理が母屋ほどではないため、状態は一冊一冊での確認が必要になりますが、陽の当たらない涼しい場所であれば、雑誌類でも数十年単位で保存性が保たれていることも珍しくありません。本日のお客様の納屋もまさに、棚に整然と保管されていたおかげで、ヤケや痛みが思ったよりも少ない状態でした。
お客様いわく「もう全部捨てるつもりだったんだけど、知り合いから『古本屋に一度見てもらうのもいいんじゃないか』と言われて」とのこと。「教科書とかノートは流石にゴミだろうけど、雑誌の中で買えるものがあったらお願いします」——明快なスタンスでお話しいただけて、こちらとしても作業しやすいご依頼です。
納屋の中には確かに古い教科書やノート類もありましたが、これらは使用済みの個人的な学習資料で、申し上げにくいですがやはり買取の対象にはなりません。お客様も「そりゃそうだよね」とおっしゃって、こちらも遠慮なく雑誌類の選別に集中させていただくことができました。線引きを明確にしてくださるお客様の姿勢のおかげで、現場の判断が早く進みます。
第5章:選別開始——80〜90年代前半のコミック誌・ゲーム誌・ファッション誌
納屋の棚から雑誌を一冊ずつ取り出して確認していくと、出てくる出てくる、80年代から90年代前半にかけての雑誌類。整理されていく中で、おおまかに3つのカテゴリーに分かれてきました。
5-1. コミック誌:ヤングマガジン・ヤングジャンプ・スーパージャンプ
まず最も多かったのが、講談社『ヤングマガジン』、集英社『ヤングジャンプ』、そして集英社『スーパージャンプ』のバックナンバー群でした。いずれも1980年代後半から1990年代前半の青年漫画誌の主力タイトルで、当時の青年層を支えた中心的なコミック誌たちです。
『ヤングマガジン』は、本田透や望月峯太郎、弘兼憲史といった作家たちが筆を執り、後の『AKIRA』『カイジ』『湾岸ミッドナイト』等を生み出した青年漫画誌の旗手。『ヤングジャンプ』は『北斗の拳』『シティーハンター』『美味しんぼ』『花の慶次』の時代を作り、『スーパージャンプ』はその姉妹誌として、よりベテラン作家層の連載媒体を担っていました。
特に印象深かったのが、上の写真でクローズアップした『スーパージャンプ』1993年12月8日号 No.24。表紙は冨沢順『企業戦士YAMAZAKI』。1990年代のスーパージャンプといえばこの作品、というほどの看板連載で、「サラリーマン+企業闘争+格闘」という奇妙な掛け合わせが当時のオフィス文化と妙にマッチした、時代を映す一作です。
5-2. ゲーム雑誌:ハイパープレイステーション・ファミ通Bros・電撃プレイステーション
次に多かったのが、1990年代のゲーム雑誌。本日確認できた中には:
- 『ハイパープレイステーション』(メディアワークス/後にソニー・マガジンズ)——初代プレイステーション専門誌として人気を博したタイトル。本日の入荷分にはVOL.1・3・4・8・9・10など複数号
- 『電撃プレイステーションSP(スペシャル)』——電撃プレステ本誌の増刊号として、新作大作のタイミングで発刊された特集号。FF7(ファイナルファンタジーVII)/PS関連特集を含む号などが見えました
- 『ファミ通Bros』(アスキー)——『週刊ファミコン通信』の任天堂系雑誌としての別冊媒体。1996年1月号はドラゴンクエスト6と聖剣伝説3の特集が組まれていた、スーパーファミコン晩期の名作RPG現役期の号
1990年代のゲーム雑誌は、現在のオンライン情報・YouTube・Wiki文化とは全く違って、「攻略情報・新作プレビュー・ファンコミュニティ・読み物コラム」すべてを紙メディアが担っていた時代の証言です。プレイステーション1の登場(1994年12月)からファイナルファンタジー7の社会現象(1997年)あたりは、まさに家庭用ゲーム機が娯楽の中心へと押し上がっていく転換期。その時代の空気を、雑誌の紙質・印刷の色味・広告のメーカー名一覧が、当時のままに保存しています。
ハイパープレイステーション、電撃プレステ、ファミ通Bros——いずれも状態の良いバックナンバーが揃って出てくる機会は、年々少なくなっています。「捨てるつもりだった」中から救い出せたのは、本日の収穫の中でもとりわけ嬉しい一群でした。
5-3. ファッション誌:non-no・CanCam
そして3つ目のカテゴリーが、1990年代のファッション誌。集英社『non-no(ノンノ)』と小学館『CanCam(キャンキャン)』のバックナンバーが、これも結構な量で出てきました。
1990年代のファッション誌は、当時の女性カルチャーの最前線を記録した一次資料です。ノンノは1971年創刊の老舗ファッション誌で、「アンアン・ノンアン」というカルチャー語まで生み出した存在。CanCamは1981年創刊で、特に1990年代後半〜2000年代前半にかけて「赤文字系」と呼ばれた華やかなフェミニン路線の頂点を担いました。
ファッション誌は表紙モデル・カバーガールの顔ぶれが、その時代の女性像を象徴します。1990年代のノンノ・CanCamは、宮沢りえ、観月ありさ、内田有紀、藤原紀香、藤崎奈々子といった、平成初期を代表するモデル・タレントたちが表紙を彩っていた時期。ファッションとしてだけでなく、平成カルチャー史の資料としても見直されているジャンルです。
こちらも近年、状態の良い90年代ファッション誌のまとまったバックナンバーが市場に出てくる機会は減っており、買取現場で出会えると「お、いいタイミングで救い出せた」と感じる一群です。
第6章:選別結果——約100冊で買取完了
納屋の棚を上から下まで一通り確認させていただき、選別を終えた段階で、買取できる雑誌類は約100冊。コミック誌・ゲーム誌・ファッション誌が、おおむね同じくらいのバランスで含まれていました。一冊ずつの単価ではなく、「90年代を生きた読者の眼差し」をまとめて受け継ぐイメージでお値段をつけさせていただきました。
使用済みの教科書・ノート類は、お客様にも改めてご了承いただき、買取対象外として元の場所にお戻ししました。一部、本当に処分にお困りであれば地域の資源回収(古紙回収)の利用が一番です——とお伝えしながら、雑誌約100冊を車に積み込み、買取は完了。お客様も「これで納屋が片付くね、ありがとう」と、明るい笑顔で見送ってくださいました。
「雑誌は売れない」と思っていらっしゃる方へ
雑誌は確かに、最新号や数年前の号であれば、買取価格をおつけしづらいのが正直なところです。しかし20年・30年前の雑誌になると、話は変わってきます。当時を生きた世代が「もう一度あの号を手に取りたい」と探していたり、平成・昭和カルチャー研究の一次資料として大学・図書館がバックナンバーを補強していたり、需要は静かに、しかし確実に存在します。処分される前に一度、古本屋にお声がけください。お電話一本で、おおまかな見通しはお伝えできます。
第7章:そして——同業「ふるほん三ツ矢」さんへ
買取を終えてお宅を出てから、本日もう一つの大切な訪問先へ向かいました。安芸高田市内にある古本屋「ふるほん三ツ矢」さん——当店と同じ広島県古書籍商組合の加盟店、つまり同志の同業者さんです。
古本屋という商売は、街なかでは似たような業種に見られがちですが、実際には店ごとに専門ジャンル・客層・仕入れ方針が大きく異なる多様な業界。広島県古書籍商組合は、県内に拠点を構える古書店たちが情報交換・市会開催・組合員相互の応援を行う、いわば「広島の古本屋たちのギルド」のような組織です。当店も加盟させていただいており、月一度の組合市会・年に数回の組合会議などを通じて、同志の皆さんと顔を合わせる関係を続けています(組合の市会の雰囲気については、過去の古書市会レポート・監査主任の一日をご覧ください)。
「ふるほん三ツ矢」さんは、安芸高田市というロケーションで、まさに『三本の矢』の里に根ざした屋号を掲げていらっしゃる古本屋。せっかく安芸高田市まで来たのだから、ご挨拶に伺わない手はありません。お電話で「今日、近くまで来てまして、ちょっとお寄りしてもいいですか」とお伝えしたところ、「もちろん、ぜひ来てください」と気さくに迎えてくださいました。
お店に着くと、缶コーヒーを出してくださり、しばらく古本屋同士の世間話。最近の市況、地元のお客様の傾向、ジャンルごとの相場感、同業者ならではの愚痴と笑い——同じ広島県古書籍商組合の中で、それぞれが別々の街・別々の専門で店を続けていることを、こうして直接顔を合わせて確認できる時間は、古本屋という孤独になりがちな仕事を支えてくれる大切な栄養素のようなものです。気取らない缶コーヒーの距離感が、また同業らしくて嬉しい。
そして帰り際、ふと気がつきました。「ふるほん三ツ矢」さんの屋号——『三ツ矢』。本日の待ち合わせ場所・道の駅「三矢の里 あきたかた」。そして安芸高田市そのものが、毛利元就『三本の矢』の故事の生まれた地。三重の「三本の矢」が、本日一日に折り重なっていたのです。
・安芸高田市 = 毛利元就『三本の矢』の故事の生まれた地
・道の駅「三矢の里 あきたかた」のAAAロゴ=三本の矢を象った地域シンボル
・同業の「ふるほん三ツ矢」さん=『三ツ矢』を屋号に掲げる古書同志
毛利元就が三人の息子に教えた「一本では折れるが、三本まとめれば折れない」。古本屋の世界にも、似たような「ひとり書店では難しいことも、組合という束になれば乗り越えられる」という支え合いの精神があります。広島県古書籍商組合は、まさにそうした同志の束の一つ。本日「ふるほん三ツ矢」さんでコーヒーをいただきながら交わした言葉も、その束ねられた三本の矢の一節なのだと、いまブログを書きながらしみじみと感じています。
第8章:店に戻って——明日以降の検品作業
「ふるほん三ツ矢」さんを後にして、再び新・向原吉田道路〜高屋〜東広島呉道路を経由して呉店へ。納屋から救い出した約100冊の雑誌類を、店内の検品スペースへ運び込みました。明日以降、一冊ずつの状態確認・号別の整理・必要に応じての軽いクリーニングを進めていきます。
納屋保管だった雑誌類は、状態としては「ヤケはあるが、虫食い・水濡れの形跡なし」といったレベル。表紙の色褪せ、背表紙の経年焼け、ホチキス留め部分の錆びなど、年代相応のコンディションです。状態の上中下を丁寧に見極めながら、それぞれの号が次に読まれる場所へつながるよう、古本屋としてのバトン渡しの準備をしていきます。
第9章:安芸高田市・広島県北部への出張買取について
当店アッシュ書店は、創業2006年、広島県古書籍商組合加盟店として広島県全域に出張買取で伺っております。安芸高田市・三次市・庄原市など県北エリアも、対応エリアです。
本日のお客様のように、「母屋ではなく納屋や倉庫に長年置いていた本・雑誌」のご整理も、もちろん対応いたします。「ヤケ・痛みがあって売れないだろう」と思っていらっしゃる雑誌でも、年代によっては時代資料として価値が出ている場合があります。捨てる前に、ぜひ一度ご相談ください。
安芸高田市への出張買取
安芸高田市は、毛利元就の本拠地・郡山城跡で知られる広島県中北部の市。当店からは東広島呉道路〜高屋〜向原〜新・向原吉田道路を経由して約1時間半で参ります。本通り(吉田)、向原、八千代、美土里、高宮、甲田——市内全域に出張対応可能です。納屋・倉庫・離れに長年置きっぱなしのご蔵書も、お気軽にお声がけください。
詳しくは 安芸高田市の古本買取ページ もご参照ください。
まとめ:「三本の矢」の里で、三重の「三ツ矢」と出会った一日
本日2026年6月5日、安芸高田市への出張買取。納屋に眠っていた80〜90年代前半の雑誌約100冊——ヤングマガジン、ヤングジャンプ、スーパージャンプ、ハイパープレイステーション、電撃プレステSP、ファミ通Bros、ノンノ、キャンキャン。「もう捨てるつもりだった」中から、平成・昭和カルチャー史の一次資料となる一群を救い出せた、清々しい一日でした。
そして買取の後の、道の駅「三矢の里 あきたかた」、同業「ふるほん三ツ矢」さんでのコーヒー、毛利元就『三本の矢』の里——三重の「三本の矢」に包まれた、忘れがたい一日となりました。古本屋の仕事は、お客様の蔵書を次の読者へつなぐと同時に、同業の同志と顔を合わせ続けることでもあります。一本の矢では折れてしまうこの仕事を、組合という束で続けていくこと——本日改めて、その大切さを噛みしめました。
「ふるほん三ツ矢」さん、缶コーヒーごちそうさまでした。また組合市会でお会いしましょう。
ご蔵書・古い雑誌・コミック・ゲーム雑誌・ファッション誌のご整理をご検討中の方、ぜひ当店までお気軽にお声がけください。広島県全域に出張費無料で伺います。買取お申込みフォームまたはフリーダイヤル 0120-273-707からどうぞ。
本日は最後までお読みいただき、ありがとうございました。
——アッシュ書店